江戸時代の対外関係と琉球・アイヌ
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「歴史総合」B (2) ア (ア) の「18世紀のアジアや日本における生産と流通,アジア各地域間やアジア諸国と欧米諸国の貿易などを基に,18世紀のアジアの経済と社会を理解すること」。
内容の取扱いは、ここで琉球とアイヌとの交易にも触れるよう求めています。
オランダ風説書・ロシアの接近については、2026-09-27 に国立公文書館のデジタル展示「激動幕末」(阿片招禍録・北夷談)と、
クナシリ・メナシの戦いについては内閣官房 北方領土問題の展示(No.17 クナシリ・メナシの戦い)と突き合わせました。
0. 何を押さえるか
江戸時代の日本は、外国との行き来を幕府が強く管理していましたが、外とのつながりを断っていたわけではありません。
四つの口を通じて、オランダ・中国・朝鮮・琉球・アイヌと結び付いていました。
| 口 | 窓口になった藩・役所 | 相手 | 主なやりとり |
|---|---|---|---|
| 長崎 | 幕府(長崎奉行) | オランダ・中国(清) | 生糸・絹織物・薬などの輸入、銅・俵物の輸出。オランダ風説書で海外情報 |
| 対馬 | 対馬藩(宗氏) | 朝鮮 | 釜山の倭館での貿易。将軍の代替わりなどに朝鮮通信使 |
| 薩摩 | 薩摩藩(島津氏) | 琉球 | 琉球を支配下に置き、琉球を通じて中国の産物を得る |
| 松前 | 松前藩(松前氏) | アイヌ | 米・鉄器・酒などと、鮭・昆布・毛皮などの交易 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 琉球は薩摩の支配を受けながら、中国(明・清)の冊封も受け続けた。王国として残り、2 つの国に属する形になった
- 琉球の使節は 2 種類。将軍の代替わりには慶賀使、琉球国王の代替わりには謝恩使
- アイヌとの交易は、藩士が交易する商場知行制から、商人が請け負う場所請負制へ移った。2 つの蜂起(シャクシャインの戦い・クナシリ・メナシの戦い)はそれぞれの時期に対応する
1. 四つの口
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(ア)
幕府はキリスト教の禁止と貿易の管理のため、外国と交わる窓口を 4 つに絞りました。
それぞれの口では、幕府や藩が相手ごとに決まった形で交易と外交を行いました。
江戸時代の日本が外国・異民族と結び付いていた「四つの口」は?
長崎・対馬・薩摩・松前
相手はそれぞれ、オランダと中国・朝鮮・琉球・アイヌ。
長崎で日本と交易したヨーロッパの国は、どの国だけだったか?
オランダ
オランダ商館は出島に置かれた。中国の商人は唐人屋敷に住んだ。
長崎のオランダ商館長が、幕府に提出を義務づけられた海外情報の報告書を何という?
オランダ風説書
アヘン戦争が起きると、幕府はさらに詳しい別段風説書を求め、清の敗北を詳しく知った。
朝鮮との国交と貿易を仲立ちした藩は?
対馬藩(宗氏)
釜山に置かれた倭館で貿易が行われた。
将軍の代替わりなどに、朝鮮から江戸へ送られた使節を何という?
朝鮮通信使
江戸時代を通じて 12 回来日した。
2. 琉球 — 薩摩の支配と中国への朝貢
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(ア)
琉球王国は、中国・日本・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えた国でした。
1609 年に薩摩藩に攻められて支配下に入った後も、王国のまま中国への朝貢を続けます。
薩摩藩は、琉球を通じた中国との貿易の利益を手に入れました。
1609 年、琉球王国を武力で攻め、支配下に置いた藩は?
薩摩藩(島津氏)
幕府の許可を得て出兵した。琉球は王国として残された。
薩摩藩の支配下に入った後も、琉球が中国(明・清)と保ち続けた関係は?
国王が中国皇帝の冊封を受け、朝貢する関係
日本と中国の両方に属する形になった。薩摩藩はこの朝貢貿易の利益を得た。
将軍の代替わりを祝うために、琉球から江戸へ送られた使節を何という?
慶賀使
使節には中国風の服装をさせ、異国の使節が来ることで将軍の権威を示す場にもなった。
琉球国王の代替わりの際、就任を感謝するために琉球から江戸へ送られた使節を何という?
謝恩使
将軍の代替わりには慶賀使。どちらの代替わりかで名前が違う。
3. アイヌとの交易
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(ア)
蝦夷地(今の北海道など)に暮らすアイヌは、和人だけでなく、樺太や大陸の人々とも交易していました。
松前藩はアイヌとの交易を独占する権利を幕府から認められ、交易の条件はしだいにアイヌに不利になっていきます。
松前藩が家臣に、蝦夷地の決まった場所でアイヌと交易する権利を与えて俸禄の代わりにしたしくみを何という?
商場知行制
交易の相手と場所が限られ、アイヌは和人に不利な条件の交易を強いられるようになった。
1669 年、松前藩の不公正な交易に反発したアイヌが起こした大規模な蜂起は?
シャクシャインの戦い
松前藩に鎮圧され、その後、アイヌの松前藩への従属が強まった。
18 世紀、アイヌとの交易や漁場の経営を商人が請け負い、アイヌを漁場の労働にも使うようになったしくみを何という?
場所請負制
商人はニシンなどから肥料(〆粕)を作る事業を広げ、アイヌの厳しい労働が問題になった。
1789 年、場所を請け負った商人の酷使に反発して、国後島と対岸のアイヌが起こした蜂起は?
クナシリ・メナシの戦い
鎮圧後まもなく、この地域を請け負っていた商人の請負は取りやめになった。
1792 年、根室に来航して日本に通商を求めたロシアの使節は?
ラクスマン
これを機に幕府は北方の警備を強め、のちに蝦夷地を直轄するようになった。