産業革命と交通・通信の革新
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「歴史総合」B (2) ア (イ) の「産業革命と交通・通信手段の革新,中国の開港と日本の開国などを基に,工業化と世界市場の形成を理解すること」。
このノートは前半の「産業革命と交通・通信手段の革新」を扱い、後半は 中国の開港と日本の開国 で扱います。
0. 何を押さえるか
18 世紀後半のイギリスで、道具を使った手作業から、動力で動く機械を使った工場での生産へ移りました。これが産業革命です。
綿工業から始まり、動力の蒸気機関が鉄道・蒸気船に使われ、電信が加わって、交通・通信手段の革新が世界の距離を縮めました。
工業化した国が原料を買い製品を売る相手として世界中の地域を結び付け、世界市場の形成が進みます。
| 段階 | 起きたこと | 代表的な技術 |
|---|---|---|
| 綿工業の機械化 | 糸を紡ぐ・布を織る作業の機械化 | 飛び杼(ジョン・ケイ)、力織機(カートライト) |
| 動力の革新 | 水力から蒸気へ。工場を川辺以外にも建てられる | 蒸気機関の改良(ワット) |
| 交通の革新 | 大量の物と人を速く運ぶ | 蒸気機関車(スティーヴンソン)、蒸気船(フルトン) |
| 通信の革新 | 情報が物より先に、遠くへ届く | 電信(モールス)、大西洋横断の海底電信ケーブル |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 産業革命は綿工業から始まった。鉄鋼・機械・鉄道は、それに続いて広がった
- ワットは蒸気機関を「改良」した人。蒸気機関車を実用化したのはスティーヴンソン、蒸気船はフルトン
- 世界市場の中で、工業化した国は製品を売る側、多くのアジア・アフリカ・ラテンアメリカの地域は原料・食料を出し製品を買う側に置かれた
1. イギリスの産業革命
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(イ)
イギリスには、大西洋三角貿易などで蓄えた資本、農業の変化で土地を離れた人々という労働力、
石炭と鉄鉱石、そして植民地という市場がそろっていました。
人気のあったインド綿布を国内で安く作ろうとするところから、機械化が始まります。
産業革命が最初に起こったのは、いつ、どこの国か?
18 世紀後半のイギリス
19 世紀にはベルギー・フランス、さらにアメリカ・ドイツ、日本へと広がった。
イギリスの産業革命は、どの工業から始まったか?
綿工業
インド綿布の人気に対抗して、国内で綿布を大量に作るための機械が次々に発明された。
1733 年、布を織る速さを大きく上げる「飛び杼」を発明したのは誰か?
ジョン・ケイ
織る速さが上がると糸が足りなくなり、糸を紡ぐ機械の発明が続いた。
18 世紀後半、蒸気機関を改良して、工場の機械を動かす動力として使えるようにしたのは誰か?
ワット
工場を水車の回る川辺に建てる必要がなくなり、石炭の出る地域や都市に工場が集まった。
1785 年、人の手でなく動力で布を織る機械「力織機」を発明したのは誰か?
カートライト
綿布の生産が手織りから機械織りに変わっていった。
工業化で安い製品を世界中に送り出すようになった 19 世紀のイギリスは、何と呼ばれたか?
世界の工場
一方で、国内では都市の人口集中、長時間労働や子どもの労働などの社会問題が生まれた。
2. 交通・通信手段の革新
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(イ)
蒸気機関は、工場の外でも使われるようになります。陸では鉄道、海では蒸気船が、
帆船や馬車よりはるかに速く、大量に、そして天候に左右されずに物と人を運びました。
蒸気機関車を実用化し、1825 年に開通したストックトン・ダーリントン間の鉄道で走らせたのは誰か?
スティーヴンソン
1830 年には、綿工業の都市マンチェスターと港町リヴァプールを結ぶ鉄道が開通した。
1807 年、アメリカのハドソン川で蒸気船の営業運航を始めたのは誰か?
フルトン
蒸気船はのちに外洋にも使われ、大西洋やアジアへの航路が短く、定期的になった。
19 世紀前半、電気の信号を点と線の組み合わせで送る通信方法(符号)を考案し、電信の実用化を進めたアメリカ人は?
モールス
電信によって、遠くの情報が船や馬より速く届くようになった。
1869 年に開通し、ヨーロッパからアジアへの航路を大きく短くした運河は?
スエズ運河
地中海と紅海を結ぶ。同じ 1869 年には、アメリカの大陸横断鉄道も開通した。
1866 年に本格的な通信を始め、ヨーロッパとアメリカの間の情報のやりとりを大きく速めた通信手段は?
大西洋横断の海底電信ケーブル
その後、海底ケーブルはアジアにも延び、世界の主な都市が電信で結ばれていった。
3. 工業化と世界市場の形成
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(2)-ア-(イ)
工業化した国は、原料を安く買い、製品を大量に売る先を世界に求めました。
交通・通信の革新がそれを支え、世界の各地域が 1 つの市場の中で役割を分けられていきます。
19 世紀、イギリスの機械で作った安い綿布がインドに大量に入ってきたことで、インドの何が打撃を受けたか?
手織りの綿布業
かつて綿布を輸出していたインドは、綿花を輸出してイギリスの綿布を買う側に変わった。
世界市場が形成される中で、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの多くの地域は、どんな役割を負わされたか?
工業原料や食料の供給地と、工業製品の市場
工業化した国と、そうでない地域との間の格差が広がっていった。