帝国主義と列強の進出
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「歴史総合」B (3) ア (イ) の「列強の進出と植民地の形成」と「列強の帝国主義政策とアジア諸国の変容」。
19 世紀後半から 20 世紀初めにかけて、欧米の強国(列強)がアジア・アフリカ・太平洋を分け合っていった動きを扱います。
0. 何を押さえるか
帝国主義とは、列強が軍事力と経済力を背景に、海外に植民地や勢力範囲を広げようとした政策と、その時代のことです。
第 2 次産業革命で生産力を高めた列強は、原料の供給地・製品の市場・資本の投資先を求めて進出を競いました。
| 地域 | 何が起きたか | 独立を保った国 |
|---|---|---|
| アフリカ | ベルリン会議(1884〜1885)の後、列強がほぼ全土を分割 | エチオピア・リベリア |
| 東南アジア | イギリス・フランス・オランダ・アメリカが植民地化 | タイ |
| 中国 | 列強が租借地や鉄道の権利を得て勢力範囲を設定(中国分割) | (清は存続したが半植民地化) |
| 太平洋 | 列強が島々を分割。アメリカはハワイを併合 | ― |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 植民地と勢力範囲は違う。植民地は統治そのものを奪われた地域、勢力範囲は国は残したまま特定の列強が鉄道や鉱山の権利を独占した地域(中国の多く)
- アフリカ分割でイギリスは縦断、フランスは横断を進め、1898 年にファショダで衝突した
- アメリカは中国に租借地を持たず、門戸開放を唱えた。遅れて進出したため、機会均等を求める立場を取った
1. 第 2 次産業革命と帝国主義
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(3)-ア-(イ)
19 世紀後半、石油と電気を動力とする新しい工業が発達し、巨大な企業が生まれました。
列強はこうした工業のための原料と市場、余った資本の投資先を海外に求め、帝国主義政策を強めていきます。
19 世紀後半に起きた、石油や電気を動力とし、重化学工業を中心とする技術革新を何という?
第 2 次産業革命
アメリカとドイツが中心となり、先に工業化したイギリスに追いついた。
列強が、軍事力と経済力を背景に、海外に植民地や勢力範囲を広げようとした政策を何という?
帝国主義(帝国主義政策)
原料の供給地・製品の市場・資本の投資先を求めたことが背景にある。
2. アフリカの分割
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(3)-ア-(イ)
アフリカは、19 世紀後半に急速に分割され、20 世紀の初めには独立国がほとんど残らない状態になりました。
このとき列強が引いた境界が、いまのアフリカの国境のもとになっています。
1884〜1885 年、ビスマルクの呼びかけで開かれ、アフリカ分割の原則(先に実効支配した国が領有する)を決めた会議は?
ベルリン会議
この会議のあと、列強によるアフリカ分割が一気に進んだ。
アフリカ分割で、エジプトと南アフリカを結ぶ縦断政策を進めた国は?
イギリス
フランスはサハラ砂漠からジブチ方面への横断政策を進め、1898 年にスーダンのファショダで両国がぶつかった(ファショダ事件)。
20 世紀初めのアフリカで、独立を保っていた 2 つの国は?
エチオピアとリベリア
エチオピアは 1896 年、アドワの戦いでイタリア軍を破り独立を守った。
3. アジア・太平洋の植民地の形成
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(3)-ア-(イ)
東南アジアでは、タイを除くすべての地域が植民地になりました。
アメリカも 19 世紀末に太平洋とアジアへ乗り出します。
19 世紀末、フランスがベトナム・カンボジア(のちラオスも)を合わせてつくった植民地を何という?
フランス領インドシナ(インドシナ連邦)
清はベトナムに対する宗主権を主張して清仏戦争を戦ったが、敗れて手放した。
東南アジアで、イギリスとフランスの勢力の間にあって独立を保った国は?
タイ
両国の緩衝地帯となり、国王のもとで近代化を進めた。
1898 年、アメリカがスペインとの戦争に勝って得た、アジアの植民地は?
フィリピン
同じ年にグアムも得た。フィリピンでは独立を求める人々とアメリカとの戦争が起きた。
1898 年にアメリカが併合した、太平洋の島々は?
ハワイ
1893 年にアメリカ系の住民が王政を倒し、共和国を経て併合された。太平洋でのアメリカの拠点となった。
4. 中国分割と列強の対立
根拠: 学習指導要領 歴史総合-B-(3)-ア-(イ)
日清戦争で清が敗れて弱さがあらわになると、列強は競って中国の港湾を租借し、鉄道や鉱山の権利を得ました。
中国は国としては残りながら、各地を列強に分け取られていきます。
列強が、他国の領土の一部を期限を決めて借り、事実上の統治権を得た土地を何という?
租借地
ドイツは膠州湾、ロシアは旅順・大連、イギリスは威海衛と九竜半島、フランスは広州湾を租借した。
1899 年、アメリカの国務長官ジョン=ヘイが、中国について列強に求めたことは?
門戸開放・機会均等(翌年には領土保全も)
中国分割に出遅れたアメリカが、中国市場への参入の機会を確保しようとした。
列強の帝国主義による進出を受けた地域で、統治そのものを奪われた植民地とは別に、国は残したまま特定の列強が鉄道や鉱山などの権利を独占した範囲を何という?
勢力範囲(勢力圏)
中国の多くの地域がこの形で列強に分けられ、清は半植民地の状態になった。