院政と荘園公領制
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」B (1) ア (ア) に当たります。摂関政治から院政へという貴族政治の変容と、荘園と公領が並び立つ土地支配の変容を、中世の始まりとして押さえます。
0. 何を押さえるか
11 世紀後半、摂関家を外戚としない後三条天皇が即位し、続く白河天皇は位を譲ったあとも上皇として政治を動かしました。
土地の面では、国司が治める公領(国衙領)と、貴族や寺社が持つ荘園が並ぶ仕組みができあがります。
| 摂関政治 | 院政 | |
|---|---|---|
| 権力を握る人 | 天皇の外戚である摂政・関白 | 天皇の父や祖父である上皇(院) |
| 力の源 | 娘を天皇の后にすること | 天皇家の家長であること |
| 命令の文書 | 太政官符・宣旨など | 院宣・院庁下文 |
| 代表的な人物 | 藤原道長・頼通 | 白河上皇・鳥羽上皇・後白河上皇 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 延久の荘園整理令(1069 年)を出したのは後三条天皇で、院政を始めた白河上皇ではない
- 院政は律令の制度を廃したのではなく、その外側から上皇が政治を動かした。朝廷の官職はそのまま残った
- 荘園公領制は「荘園だけ」ではない。公領も郡・郷・保という単位に組み直され、荘園と公領の二本立てで土地が支配された
1. 後三条天皇と延久の荘園整理令
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(1)-ア-(ア)
摂関家と外戚関係を持たない天皇の登場は、摂関政治の力を弱めるきっかけになりました。
1069 年に延久の荘園整理令を出し、摂関家の荘園も対象にした天皇は?
後三条天皇
藤原氏を外戚としないため、摂関家に遠慮せず荘園の整理を進められた。
延久の荘園整理令で、荘園の証拠書類を審査するために置かれた役所は?
記録荘園券契所(記録所)
書類に不備がある荘園や、基準に合わない新しい荘園を停止した。
延久の荘園整理令が、それまでの整理令より効果を上げたのはなぜか?
国司任せにせず、中央の役所が書類を審査したから
摂関家の荘園にも書類の提出を求め、例外を設けなかった。
2. 院政の始まり
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(1)-ア-(ア)
白河天皇は 1086 年に幼い堀河天皇へ位を譲り、上皇として院庁を開いて政治を行いました。これが院政の始まりです。
1086 年、位を譲ったあと上皇として政治を行い、院政を始めたのは?
白河上皇
幼い子の堀河天皇に位を譲り、自分の子孫に皇位を伝えようとした。
院政のもとで、上皇の命令を伝えた文書を 2 つ挙げると?
院宣と院庁下文
院宣は上皇の意思を伝える文書、院庁下文は院の役所(院庁)が出す文書。
白河上皇が御所の警備のために組織した武士を何という?
北面の武士
院が武士を身近に置いたことは、武士の政治進出の足がかりになった。
院政期に、大寺院の僧兵が神木や神輿をかかげて朝廷に要求を突きつけたことを何という?
強訴
興福寺(南都)と延暦寺(北嶺)が代表で、朝廷はその鎮圧に武士の力を頼った。
3. 知行国と院の財政
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(1)-ア-(ア)
院政期には、一国の支配権を上級貴族や寺社に与える仕組みが広がり、上皇のもとにも荘園が集まりました。
上級貴族などに一国の支配権を与え、その国の収益を得させた制度を何という?
知行国の制度(その人を知行国主という)
知行国主は子弟や近親者を国司に任じ、国の収入を自分のものとした。
上皇自身が支配権を持った国を何という?
院分国
知行国の仕組みが上皇にも広がり、院の経済を支えた。
鳥羽上皇が娘に伝え、のちに大覚寺統に受け継がれた天皇家の荘園群は?
八条院領
後白河上皇が集めた長講堂領(のち持明院統)とならぶ、天皇家の大きな荘園群。
4. 荘園公領制
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(1)-ア-(ア)
荘園と公領が並び立ち、それぞれに重なる権利を持つ人々がいるという、中世の土地支配の形ができあがりました。
荘園と公領(国衙領)が並び立つ、院政期に定まった土地支配の仕組みを何という?
荘園公領制
どちらでも、有力な農民(名主)が田地(名)の耕作を請け負い、年貢や公事を納めた。
院政期、公領は国司のもとでどのような単位に組み直されたか?
郡・郷・保
国司は現地に行かないことが多く、実務は現地の豪族などから任じられた在庁官人が担った。
寄進地系荘園で、開発領主から寄進を受けた貴族・寺社を領家、さらにその上に寄進を受けた有力者を何という?
本家
本家と領家のうち実際に荘園を支配するほうを本所と呼んだ。開発領主は荘官として現地を治めた。
荘園が国司の税の取り立てを免れる権利と、国司の使いの立ち入りを拒む権利をそれぞれ何という?
不輸の権と不入の権
この 2 つの権利で、荘園は国司の支配からしだいに独立していった。