鎌倉時代の産業と社会
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」B (3) ア (ア) に当たります。農業の進歩と商業の広がりという産業の発達と、地頭が荘園に食い込んでいく武士の社会の変化を押さえます。
0. 何を押さえるか
鎌倉時代には、農業技術の進歩で収穫が増え、余った生産物が市で売り買いされ、宋銭による取引が広がりました。
村々では、地頭が年貢を押さえて荘園領主と争い、荘園の支配は武士の側へ少しずつ移っていきます。
| 地頭請 | 下地中分 | |
|---|---|---|
| 何を決めるか | 荘園の管理を地頭に任せ、一定の年貢の納入を請け負わせる | 荘園の土地(下地)そのものを領主と地頭で分ける |
| 地頭が得るもの | 荘園の管理全体(年貢は定額を納める) | 分けられた土地の完全な支配 |
| 領主にとって | 年貢は確保できるが、未納が起きやすい | 土地は減るが、残りの土地は地頭に干渉されない |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 地頭請は「管理を任せる」、下地中分は「土地を分ける」。どちらも地頭と荘園領主の争いを解決するための方法
- 定期市は月 3 回の三斎市が一般的。月 6 回の六斎市は室町時代に広がった
- 鎌倉時代の貨幣は国内でつくられた銭ではなく、宋から輸入した宋銭
1. 農業の発達
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
畿内や西日本を中心に、田の使い方や肥料・農具が進歩しました。
米を収穫したあとの田で麦をつくるなど、同じ土地で 1 年に 2 種類の作物をつくることを何という?
二毛作
鎌倉時代に畿内や西日本で広がった。麦は裏作としてつくられた。
鎌倉時代に使われた肥料で、刈った草を田に敷き込むものと、草木を焼いた灰のものを何という?
刈敷と草木灰
肥料の工夫が、二毛作のように土地を続けて使うことを支えた。
鎌倉時代に広がった、田畑を耕す力の工夫は?
牛や馬に犂を引かせる牛馬耕
鉄製の農具の普及とあわせ、作業の効率が上がった。
2. 商業と貨幣
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
荘園の中心地や交通の要地に市が立ち、年貢の輸送や金融を担う人々が現れました。
鎌倉時代に荘園の中心地や交通の要地で開かれた、月 3 回の定期市を何という?
三斎市
一遍上人絵伝には、備前国福岡の市のにぎわいが描かれている。
鎌倉時代の取引で広く使われた貨幣は?
宋銭
日宋間の民間の貿易で大量に輸入された。年貢を銭で納める銭納も広がった。
遠くの土地への支払いを、現金を運ばずに手形で済ませる仕組みを何という?
為替
年貢の納入や代金の支払いに使われた。
港や川沿いの要地で、年貢などの物資の保管・輸送・委託販売を行った業者は?
問丸(問)
荘園領主のために年貢を運び、しだいに商人としての性格を強めた。
鎌倉時代に、高い利子で金を貸した金融業者を何という?
借上
御家人も借上から金を借り、返せずに所領を失う者が出た。
3. 地頭の荘園侵略
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
承久の乱のあと、地頭は年貢を納めない、農民を勝手に使うなどして、荘園の支配を広げていきました。
地頭と荘園領主の争いを解決するため、荘園の管理を地頭に任せ、一定額の年貢を納めさせた取り決めは?
地頭請(地頭請所)
地頭が年貢を納めないことも多く、荘園領主にとって不利になりがちだった。
荘園の土地を荘園領主と地頭で分け、それぞれが別々に支配するようにした取り決めは?
下地中分
幕府の裁定によるものと、当事者どうしの話し合い(和与)によるものがあった。
1275 年、紀伊国阿氐河荘の百姓が地頭の横暴を荘園領主に訴えた文書は、どんな文字で書かれていたか?
カタカナ
地頭が百姓を働かせ、材木の納入を妨げていると訴えた。百姓が自ら訴えを起こすようになったことを示す。
4. 武士の家と暮らし
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
武士は一族のまとまりを基本として幕府に仕え、所領に館を構えて暮らしました。
鎌倉時代の武士の一族で、一族を率いて幕府に仕えた家の長を惣領、それ以外の子を何という?
庶子
惣領が一族をまとめて軍役を務めるこの仕組みを惣領制という。
鎌倉時代の前半、女性の財産相続はどうだったか?
女性にも所領が分け与えられ、女性の地頭もいた
のちに分割相続がゆきづまると、女性の相続は本人一代限り(一期分)とされることが多くなった。
鎌倉時代の武士が、武芸の訓練として馬上から矢を射た 3 つの競技をまとめて何という?
騎射三物(流鏑馬・笠懸・犬追物)
武士の日常は館を構えて所領を経営し、武芸を磨くことだった。