鎌倉仏教
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」B (3) ア (ア) に当たります。中世の宗教の特色として、戦乱や飢饉の中で生まれた新しい仏教の教えと、それに刺激された旧仏教の動きを押さえます。
0. 何を押さえるか
鎌倉時代の新しい仏教は、難しい学問や厳しい修行、寄進を求めず、一つの行いを選び取って打ち込むことで救われると説き、武士や庶民に広がりました。
| 開いた人 | 宗派 | 教えの中心 | 主な著作 |
|---|---|---|---|
| 法然 | 浄土宗 | 専修念仏(ひたすら念仏を唱える) | 『選択本願念仏集』 |
| 親鸞 | 浄土真宗(一向宗) | 悪人正機 | 『教行信証』 |
| 一遍 | 時宗 | 踊念仏で念仏を広める | ― |
| 日蓮 | 日蓮宗(法華宗) | 題目(南無妙法蓮華経)を唱える | 『立正安国論』 |
| 栄西 | 臨済宗 | 坐禅と公案 | 『興禅護国論』 |
| 道元 | 曹洞宗 | 只管打坐(ひたすら坐禅する) | 『正法眼蔵』 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 念仏は「南無阿弥陀仏」、題目は「南無妙法蓮華経」。念仏は法然・親鸞・一遍、題目は日蓮
- 同じ禅宗でも、臨済宗は公案を使い幕府と結びついた。曹洞宗は只管打坐で、権力から離れて地方に広がった
- 『歎異抄』は親鸞の著作ではなく、弟子の唯円が親鸞の言葉をまとめたもの
1. 念仏の教え
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
阿弥陀仏を信じて念仏を唱えれば、誰でも極楽浄土に往生できるという教えが、身分を問わず広まりました。
ただ念仏(南無阿弥陀仏)を唱えれば極楽往生できるという専修念仏を説き、浄土宗を開いたのは?
法然
主著は『選択本願念仏集』。旧仏教側からの反発を受け、一時は流罪となった。
法然の弟子で、浄土真宗(一向宗)を開いたのは?
親鸞
主著は『教行信証』。越後に流されたのち東国で布教し、教えは東国の農民や地方の武士に広まった。
親鸞が説いた「悪人正機」とはどういう考えか?
煩悩を捨てきれないと自覚する悪人こそが、阿弥陀仏が救おうとする対象である
自分の力で善を積めると思う人より、阿弥陀仏にすがるしかない人のほうが救いに近いとした。
全国を遊行し、踊念仏で念仏を広め、時宗を開いたのは?
一遍
信心の有無を問わず念仏の札を配った。その生涯は『一遍上人絵伝』に描かれた。
2. 題目の教え
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
念仏の教えと対照的に、法華経こそが正しい教えだとする立場も現れました。
法華経を重んじ、題目(南無妙法蓮華経)を唱えれば救われると説いたのは?
日蓮
日蓮宗(法華宗)を開いた。他の宗派を激しく批判し、たびたび迫害を受けた。
日蓮が北条時頼に差し出し、法華経を信じなければ国内の乱れや外国の侵略が起こると説いた書物は?
『立正安国論』
念仏などの教えを退けるよう幕府に求めた。
3. 禅宗
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
坐禅によって自ら悟りを開くことを目指す禅宗は、宋から伝えられ、武士の気風にも合って広まりました。
宋で学び、臨済宗を伝え、『興禅護国論』を書いたのは?
栄西
坐禅の中で師から与えられる問題(公案)を解いて悟りに至ることを重んじた。茶を飲む習慣を広めたことでも知られる。
宋で学び、ひたすら坐禅に打ち込む只管打坐を説いて曹洞宗を開いたのは?
道元
主著は『正法眼蔵』。権力に近づくことを避け、越前に永平寺を開いた。
臨済宗が幕府の保護を受けたことを示す、北条時頼が建てた寺と、そこに招かれた宋の僧は?
建長寺、蘭溪道隆
北条時宗も宋から無学祖元を招き、円覚寺を建てた。
4. 旧仏教の革新と神道
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
新しい仏教に刺激され、奈良時代以来の旧仏教の側でも、戒律を重んじ社会事業に取り組む動きが起きました。
法然の専修念仏を批判し、戒律を重んじて旧仏教の立て直しを図った僧を 2 人挙げると?
貞慶(解脱)と明恵(高弁)
貞慶は法相宗、明恵は華厳宗の僧。
律宗の僧で、奈良に北山十八間戸を建てて病人の救済にあたったのは?
忍性
師の叡尊とともに戒律の復興に努め、貧しい人や病人の救済などの社会事業を行った。
鎌倉時代の末、伊勢外宮の神官度会家行が唱えた、神を主とし仏を従とする考えは?
伊勢神道
仏が神の姿で現れるとする本地垂迹説とは逆に、神が本体だとする神本仏迹説をとった。
鎌倉時代の新しい仏教に共通する、それまでの仏教との違いは?
易しい一つの行いを選び、それに打ち込めば救われるとした
厳しい修行や学問、多くの寄進を必要としなかったため、武士や庶民にも受け入れられた。