鎌倉文化
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」B (3) ア (ア) に当たります。武家政権の成立のもとで、伝統を受け継ぐ公家の文化と、力強く写実的な武家の文化が並び立ち、宋からの影響も加わった中世の文化の特色を押さえます。
0. 何を押さえるか
鎌倉文化の担い手は、伝統を守ろうとする公家と、新しく力をつけた武士です。
源平の争乱で焼けた東大寺の再建をきっかけに、宋の技術と写実的な彫刻が広がり、文学では戦乱と無常を語る軍記物や随筆が生まれました。
| 分野 | 公家の側から | 武家・新しい時代の側から |
|---|---|---|
| 和歌 | 『新古今和歌集』(後鳥羽上皇の命) | 『金槐和歌集』(源実朝) |
| 歴史・思想 | 『愚管抄』(慈円) | 『吾妻鏡』(幕府の歴史) |
| 学問 | 有職故実(朝廷の儀式・先例の研究) | 金沢文庫(北条実時) |
| 文学 | 『方丈記』(鴨長明)・『徒然草』(兼好法師) | 『平家物語』などの軍記物 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 東大寺の再建で使われたのは大仏様、鎌倉の禅宗寺院に使われたのは禅宗様。どちらも宋から伝わったが別の様式
- 『方丈記』は鴨長明、『徒然草』は兼好法師。どちらも無常を見つめた随筆
- 『愚管抄』は慈円が「道理」で歴史の移り変わりを説いた歴史書。幕府の側から書かれた歴史書は『吾妻鏡』
1. 東大寺の再建と建築
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
1180 年、平重衡の南都焼打ちで東大寺や興福寺が焼け、その再建が鎌倉文化の出発点の一つとなりました。
各地を回って寄付を集め(勧進)、焼けた東大寺の再建を進めた僧は?
重源
宋の工人陳和卿の協力も得て、大仏と大仏殿の再建にあたった。
東大寺の再建で使われ、東大寺南大門に代表される、宋から伝わった豪放な建築様式は?
大仏様(天竺様)
大きな部材を組み合わせた力強い構造が特色。
細かな部材を整然と組む、円覚寺舎利殿に代表される建築様式は?
禅宗様(唐様)
禅宗寺院に用いられた。これに対し、平安時代以来の日本風の様式を和様という。
2. 彫刻と絵画
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
奈良の仏師たちは、武士の時代にふさわしい力強く写実的な彫刻を生み出しました。
東大寺南大門の金剛力士像を制作した中心の仏師は?
運慶と快慶
奈良仏師の一派(慶派)で、力強く写実的な作風が特色。
運慶らの一派が興福寺で制作した、インドの学僧の兄弟を写実的に表した像は?
無著・世親像
実在の人物を生き生きと表した作品で、鎌倉彫刻の写実性をよく示す。
藤原隆信・信実父子が得意とした、人物をありのままに描く肖像画を何という?
似絵
禅宗の僧の肖像画は頂相といい、弟子が師の姿を写したものが敬われた。
肥後の御家人竹崎季長が、自らの戦いぶりを描かせた絵巻物は?
『蒙古襲来絵詞』
モンゴル襲来での活躍と、恩賞を求めて鎌倉に出向いた様子が描かれている。
3. 文学
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
戦乱の時代を背景に、世の無常を見つめる作品と、武士の活躍を語る作品が生まれました。
後鳥羽上皇の命で、藤原定家らが編んだ勅撰和歌集は?
『新古今和歌集』
技巧的で優美な歌風が特色。院政期から鎌倉初めの歌人の作品を集めた。
平氏の興亡を描き、琵琶法師の語り(平曲)によって広く親しまれた軍記物は?
『平家物語』
文字を読めない人々にも語りで伝わり、武士の活躍が広く知られた。
世の無常を記した随筆『方丈記』の作者は?
鴨長明
京都の災害や遷都の混乱を記した。のちの『徒然草』は兼好法師の作。
3 代将軍源実朝の歌を集めた歌集は?
『金槐和歌集』
実朝は藤原定家に和歌を学び、万葉調の力強い歌も詠んだ。
4. 学問と歴史書
根拠: 学習指導要領 日本史探究-B-(3)-ア-(ア)
公家は朝廷の伝統を守るための学問を深め、武家も学問や記録に関心を持ちました。
摂関家の出身で天台座主となり、歴史の移り変わりを「道理」によって説明した『愚管抄』の著者は?
慈円
承久の乱の前に書かれ、武家の世の到来を道理の上から受け入れようとした。
公家が朝廷の儀式や先例を研究した学問を何という?
有職故実
政治の実権を失った公家が、伝統を守ることに存在の意味を見いだした。
北条実時が武蔵国に設けた、和漢の書物を集めた文庫は?
金沢文庫
武家も学問を重んじるようになったことを示す。幕府の歴史は『吾妻鏡』にまとめられた。