農業・諸産業の発達と交通
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」C (3) ア (ア) の、技術の向上と開発の進展などを基に幕藩体制の確立を理解する事項に当たります。
17 世紀に耕地と生産が大きく伸び、全国を結ぶ交通網と三都を中心にした流通の仕組みができあがりました。
0. 何を押さえるか
平和が続いたことで、新田の開発と農具・肥料の改良が進み、各地に特産物が生まれました。
それを年貢米や商品として運ぶために陸と海の交通が整い、大坂・江戸・京都の三都が全国の流通の中心になりました。
| 陸の交通 | 海の交通 | |
|---|---|---|
| 中心 | 五街道(江戸の日本橋が起点) | 南海路・東廻り海運・西廻り海運 |
| 管理・担い手 | 道中奉行、宿駅と問屋場、関所 | 菱垣廻船・樽廻船、のちに北前船 |
| 主に運んだもの | 人・書状(飛脚) | 年貢米・酒・木綿などの重い荷物 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 東廻り・西廻り海運を整えたのは河村瑞賢。京都の河川を開いた角倉了以と混同しない
- 干鰯・油粕は「金肥」=お金で買う肥料。自給の刈敷・草木灰とは別
- 大坂は「天下の台所」、江戸は「将軍のお膝元」。諸藩の蔵屋敷が集まったのは大坂
1. 新田開発と農業技術の向上
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
幕府や藩、さらには商人の資金による新田開発で、耕地は 17 世紀のあいだに大きく広がりました(16 世紀末からの 1 世紀余りでほぼ倍になったとされる)。
農具や肥料、農書の普及も、面積あたりの収穫を押し上げました。
17 世紀末以降に増えた、都市の商人が資金を出して開いた新田を何という?
町人請負新田
開発の進展は、年貢を増やしたい幕府・藩と、土地に投資したい商人の利害が重なって進んだ。
田を深く耕すために使われた、刃が 3〜4 本に分かれた鍬は?
備中鍬
同じころ、脱穀の千歯扱、もみを風で選り分ける唐箕、水をくみ上げる踏車なども広まった。
稲の脱穀を効率化した農具で、それまでの扱箸に代わったものは?
千歯扱
脱穀の手間が大きく減った。
干鰯や油粕のように、お金を払って買う肥料を何という?
金肥
干鰯は九十九里浜などの鰯漁でつくられ、綿など商品作物の栽培を支えた。
1697 年に刊行され、日本で最初の体系的な農書とされる宮崎安貞の著作は?
『農業全書』
各地の農法をまとめ、技術の向上を広める役割を果たした。
2. 諸産業と特産物
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
農村では売るための作物がつくられるようになり、各地に特産物が生まれました。
鉱山や漁業も、年貢や商品を生み出す産業として伸びました。
商品作物として栽培が奨励された「四木三草」の四木と三草は?
四木=桑・楮・漆・茶、三草=麻・藍・紅花
桑は養蚕、楮は和紙の原料。阿波の藍、出羽村山の紅花などが特産物として知られた。
江戸時代の三貨とは何か。また東日本と西日本で主に使われた貨幣は?
金・銀・銭。東日本は金遣い、西日本は銀遣い
金貨は枚数で数える計数貨幣、銀貨は重さを量る秤量貨幣だったので、両替商が交換を担った。
3. 五街道と海運
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
陸上交通は幕府が直接管理する五街道を軸に整えられ、重い荷物は船で運ばれました。
江戸の日本橋を起点とする五街道をすべて挙げると?
東海道・中山道・甲州道中・日光道中・奥州道中
道中奉行が管理し、宿駅には人馬を用意する問屋場や、大名が泊まる本陣が置かれた。
東廻り海運・西廻り海運を整え、出羽などの年貢米を江戸・大坂へ運ぶ航路を開いた人物は?
河村瑞賢
西廻りは日本海から下関を回って瀬戸内海に入り大坂へ向かう。18 世紀以降、この航路で北前船が活躍した。
江戸と大坂を結ぶ南海路で、酒を主に運び、のちに荷を広く扱って菱垣廻船と競った船は?
樽廻船
菱垣廻船は江戸の十組問屋と結びついて日用品を運んだ。
4. 三都と株仲間
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
大坂・江戸・京都の三都は、それぞれ違う役割を持って全国の流通の中心となりました。
大坂が「天下の台所」と呼ばれた理由は?
諸藩が蔵屋敷を置き、年貢米や特産物(蔵物)を売りさばいて換金する全国の商業の中心だったから
江戸は大名・旗本が住む巨大な消費都市、京都は朝廷と寺社があり西陣織などの手工業が盛んだった。
同じ商売をする商人や職人が結成し、営業の独占を認められた組合を何という?
株仲間
江戸の十組問屋、大坂の二十四組問屋のように、問屋どうしが連合して流通を握った。