身分制と村・町
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」C (3) ア (ア) の、法や制度による支配秩序の形成と身分制などから、幕藩体制の確立と近世の社会の特色を理解する事項に当たります。
このノートは、人々が身分ごとに村や町という集団に属し、その集団を通して支配された仕組みを扱います。
0. 何を押さえるか
江戸時代の身分制では、武士・百姓・職人・町人などの身分が、住む場所と役目によって分けられていました。
幕府や藩は、一人ひとりを直接つかむのではなく、村や町という集団にまとめて治め、年貢や役を集団単位で負わせました。これが近世の支配秩序の土台です。
| 村 | 町 | |
|---|---|---|
| 主に住む身分 | 百姓 | 町人(商人・職人) |
| 運営する役人 | 村役人(名主・組頭・百姓代) | 町役人(町名主・月行事など) |
| 正式な構成員 | 検地帳に登録された本百姓 | 土地・家屋を持つ家持(地主・家持) |
| 負担 | 年貢(本途物成)・小物成・夫役など | 町人足役など(年貢にあたる地子は免除されることが多い) |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 村役人(村方三役)は名主・組頭・百姓代。名主は地域により庄屋・肝煎とも呼ぶ
- 本百姓は検地帳に登録された、田畑・屋敷を持つ百姓。土地を持たない水呑(水呑百姓)は村政に正式には加われなかった
- 年貢は村全体でまとめて納める(村請制)。一人ひとりが別々に幕府・藩と向き合うのではない
1. 身分のしくみ
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
秀吉の兵農分離を引き継ぎ、江戸時代には身分ごとに住む場所や役目が定まりました。
江戸時代の社会で、支配身分として苗字・帯刀などの特権を持ったのは?
武士
将軍を頂点に、大名・旗本・御家人などが主従関係で結ばれていた。
江戸時代の被支配身分の中心で、人口の大半を占めたのは?
百姓
主に農業を営むが、林業・漁業に従事する者も含まれた。村に住み、年貢を負担した。
江戸時代の身分制で、百姓・町人の下に置かれ、差別を受けた人々は?
かわた(長吏)・非人などと呼ばれた人々
かわたは「えた」という蔑称でも呼ばれた。住む場所や職業、服装などで差別を受けた。こうした差別は近代以降も解消されずに残った。
江戸時代の家で、家の財産や地位を継ぐのはふつう誰とされたか?
長男(家督は長男が継ぐのが一般的だった)
武士の家を中心に、家長の権限が強く、女性の地位は低く置かれた。
2. 村の自治と村役人
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
村は百姓の生活と生産の場であると同時に、支配の単位でもありました。
村の運営は村役人を中心に、村ごとの決まりに従って行われました。
村を運営した村役人(村方三役)を 3 つ挙げよ。
名主(庄屋・肝煎)・組頭・百姓代
名主が村の長、組頭がその補佐、百姓代が本百姓の代表として名主らの仕事を見守った。
村の年貢を村全体の責任でまとめて納める仕組みを何という?
村請制
村の自治を利用して、支配者は年貢を確実に集めることができた。
百姓を数戸ずつ組ませ、年貢の納入や犯罪の防止に連帯責任を負わせた組織は?
五人組
村の中で互いを監視させ、支配を末端まで行き渡らせた。
村の決まり(村法・村掟)に背いた者に対して、村が行った制裁の例は?
村八分
交際を絶つ制裁で、村の結びつきの強さを示している。
3. 本百姓と年貢
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
幕府や藩の財政は百姓の年貢に支えられていました。そのため、年貢を負担する本百姓の経営を守ることが重視されました。
検地帳に登録され、田畑・屋敷を持って年貢を負担し、村の正式な構成員とされた百姓は?
本百姓
土地を持たない百姓は水呑(水呑百姓)と呼ばれ、本百姓の土地を借りて耕作するなどした。
田畑に課される年貢の本体を何といい、その割合はおおよそどのくらいか?
本途物成。石高の 4〜5 割ほど(四公六民・五公五民)
主に米で納めた。ほかに山野河海の産物などにかかる小物成もあった。
1643 年、本百姓が土地を手放して没落するのを防ぐために、幕府が出した法令は?
田畑永代売買の禁止令
田畑の売り買いを禁じ、年貢を負担する本百姓の数を保とうとした。
4. 町人と町の仕組み
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
城下町などの町には、商人や職人が集められて住みました。町も村と同じく、自治の単位でした。
町で正式な構成員(町人)とされ、町の運営に加われたのはどのような人か?
町に土地・家屋を持つ家持(地主・家持)
土地を借りて家を建てる地借や、家を借りる店借は、正式な町人とは扱われなかった。
町の運営を担った町役人の例は?
町名主・月行事など
町人の代表が町法(町掟)に基づいて町を運営した。
町人の負担は、百姓と比べてどのような特徴があったか?
年貢(地子)が免除されることが多く、負担は比較的軽かった
かわりに上下水道の整備や防火などの町人足役を、労働や金銭で負担した。