桃山文化
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」C (3) ア (ア) の、法や制度による支配秩序の形成と身分制、貿易の統制と対外関係、学問・文化の発展などから、幕藩体制の確立と近世の社会・文化の特色を理解する事項に当たります。
このノートは、近世の文化の出発点となる織豊政権期の文化を扱います。
0. 何を押さえるか
桃山文化は、統一を進めた大名と、貿易で富を蓄えた豪商を担い手とする、豪華で力強い文化です。
仏教の影響が薄れて現実的・人間中心の性格が強まり、南蛮貿易を通じてヨーロッパの文化も入りました。
| 分野 | 代表例 | 人物 |
|---|---|---|
| 城郭 | 安土城・大坂城・伏見城・姫路城 | 織田信長・豊臣秀吉 |
| 障壁画(濃絵) | 唐獅子図屏風 | 狩野永徳 |
| 水墨画 | 松林図屏風 | 長谷川等伯 |
| 茶道 | 侘茶の大成、茶室の妙喜庵待庵 | 千利休 |
| 芸能 | かぶき踊り | 出雲阿国 |
| 南蛮文化 | 南蛮屏風、キリシタン版 | ヴァリニャーニ(活字印刷機) |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 濃絵は金箔の地に濃い色で描く障壁画、水墨画は墨の濃淡で描く絵。狩野永徳は濃絵、長谷川等伯の松林図屏風は水墨画
- 侘茶を始めたのは村田珠光、大成したのは千利休。桃山文化で押さえるのは利休
- 活字印刷は 2 つの経路で伝わった。ヨーロッパの印刷機は宣教師ヴァリニャーニが、朝鮮の活字は朝鮮出兵のときにもたらされた
1. 城郭と障壁画
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
戦国の山城にかわり、平地や小高い丘に築かれた城が、大名の権力を示す象徴となりました。
その内部を飾ったのが、金箔を使った豪華な障壁画です。
桃山文化の城郭の特徴は?
高い天守を持ち、平地や小高い丘に築かれた
軍事の拠点であるとともに、領国支配の政庁や権威の象徴となった。
現存する代表的な城郭で、白い外観から白鷺城とも呼ばれる城は?
姫路城
池田輝政が現在の姿に整えた。世界遺産に登録されている。
金箔の地に青や緑の濃い色を塗る、城の襖や屏風に描かれた豪華な絵を何という?
濃絵
城郭の内部を飾る障壁画(襖絵・屏風絵など)に多く用いられた。
「唐獅子図屏風」を描き、狩野派を率いた画家は?
狩野永徳
門人の狩野山楽も、秀吉や徳川家のもとで障壁画を描いた。
水墨画「松林図屏風」を描いた画家は?
長谷川等伯
濃絵の障壁画も描いたが、この作品は霧の中の松林を墨の濃淡だけで表している。
2. 千利休と茶道・芸能
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
茶の湯は大名や豪商の社交の場として広まり、政治とも深く結びつきました。
都市の庶民の間では、新しい芸能も生まれています。
堺の商人の出身で、簡素で静かな境地を重んじる侘茶を大成した人物は?
千利休
信長・秀吉に仕えたが、のちに秀吉の怒りを買って自害させられた。
千利休がつくったと伝えられる、京都府にある茶室は?
妙喜庵待庵
2 畳ほどの小さな茶室で、侘茶の考えを空間にしたもの。
1587 年、秀吉が身分を問わず人々を招いて京都で開いた大規模な茶会は?
北野大茶湯
秀吉は一方で、黄金の茶室をつくるなど豪華な茶の湯も好んだ。
京都でかぶき踊りを始め、のちの歌舞伎のもとをつくった女性は?
出雲阿国
琉球から伝わった三味線を伴奏に、人形浄瑠璃も生まれた。
3. 南蛮文化
根拠: 学習指導要領 日本史探究-C-(3)-ア-(ア)
宣教師や南蛮貿易の商人を通じて、ヨーロッパの学問・技術や生活の品が入ってきました。
南蛮人の来航や風俗を題材に描かれた屏風を何という?
南蛮屏風
南蛮船や宣教師、ポルトガル人の服装などが描かれている。
宣教師ヴァリニャーニが伝えた活字印刷機で出版された本を何という?
キリシタン版(天草版)
ローマ字で書かれた『平家物語』や『伊曽保物語』(イソップ物語)などが出された。
南蛮文化を通じて日本に入り、日常の言葉として残ったものの例は?
パン・カステラ・カルタ・タバコなど
ポルトガル語などから入った語が、食べ物や遊びとともに定着した。