諸子の思想と日本
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
中国の春秋時代の終わりから戦国時代にかけて、国々が争う中で「世の中をどう治めるか、人はどう生きるか」を説く思想家が次々に現れました。
この人々とその学派をまとめて諸子百家といいます。日本の古典は、その考えを下敷きにして書かれているところが多くあります。
ここでは考えの中身と日本への影響を扱います。
| 思想家 | 学派 | 書物 | 考えの中心 |
|---|---|---|---|
| 孔子 | 儒家 | 論語(弟子たちがまとめた言行録) | 仁と礼。徳によって世を治める |
| 孟子 | 儒家 | 孟子 | 性善説。四端。王道政治 |
| 荀子 | 儒家 | 荀子 | 性悪説。礼によって人を正す |
| 老子 | 道家 | 老子 | 道。無為自然 |
| 荘子 | 道家 | 荘子 | 万物斉同。無用の用 |
| 韓非子 | 法家 | 韓非子 | 法と賞罰によって治める |
| 墨子 | 墨家 | 墨子 | 兼愛。非攻 |
分かれ目は次の 3 つ。
- 儒家は人の手で徳を育てる。道家は人の手を加えないことを良しとする。向きが逆である。
- 孟子と荀子はどちらも儒家だが、人の生まれつきを善と見るか悪と見るかで分かれる。
- 日本では、儒家の考えは政治と武士の倫理に、道家の考えは世を離れて生きる人の文学に流れこんだ。
1. 儒家 — 孔子・孟子・荀子
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
儒家は、家族への愛情を出発点にして、それを社会に広げていけば世が治まると考えます。
孔子の言葉を伝える『論語』は、日本でも長い間、学問の最初に読む本でした。
孔子が最も大切な徳とした「仁」とは、どんな心か? 『論語』の問答で確かめると?
人を思いやり、愛する心。
白文「樊遅問仁。子曰、愛人。」/書き下し文「樊遅(はんち)仁を問ふ。子曰はく、人を愛す、と。」/訳「樊遅が仁とは何かを尋ねた。先生は言われた、人を愛することだ、と。」
孔子の説く「礼」とは何か? 「仁」とはどういう関係にあるか?
礼は、社会の決まりや作法など、形に表れた行いの規範。仁という内側の心が、外に形となって表れたものが礼である。
白文「克己復礼為仁。」/書き下し文「己に克ちて礼に復(かへ)るを仁と為す。」/訳「自分のわがままに打ち勝って礼に立ち返ることが仁である。」(論語)
『論語』で、孔子の道を一言で表した言葉とされる「忠恕」とは何か?
忠は自分の心に誠実であること(まごころ)、恕は他人の身になって思いやること。
白文「夫子之道、忠恕而已矣。」/書き下し文「夫子の道は、忠恕のみ。」(弟子の曾子の言葉)。
恕については「己の欲せざる所は、人に施すこと勿かれ」(自分がされたくないことは、人にするな)とも説かれる。
孟子の「性善説」とは、どんな考えか? その根拠とされる「四端」とは何か?
人は生まれつき善に向かう心を持っているという考え。四端は、だれの心にもある 4 つの芽生えで、育てると仁・義・礼・智の徳になる。
惻隠の心(あわれむ心)は仁の端、羞悪の心(悪を恥じ憎む心)は義の端、辞譲の心(譲る心)は礼の端、是非の心(善悪を見分ける心)は智の端。
孟子が説いた「王道」と「覇道」は、それぞれどんな政治か?
王道は、仁と義の徳によって民を治める政治。覇道は、武力や利益によって従わせる政治。
孟子は王道を理想とした。民の暮らしを安定させることを第一に置き、徳を失った君主は天命を失うとも説いた。
荀子の「性悪説」とは、どんな考えか? 人を善にするものは何だとしたか?
人は生まれつき欲のままに動くもので、放っておけば争うという考え。人を善にするのは、礼による教育など、後から加える人の努力だとした。
白文「人之性悪、其善者偽也。」/書き下し文「人の性は悪、其の善なる者は偽なり。」 ここの「偽」は「いつわり」ではなく人為(人の手を加えること)の意味。
2. 道家 — 老子・荘子
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
道家は、儒家が大切にする仁や礼を、人がこしらえたものだと見ます。
人の手を加えるほど世は乱れるので、万物を生み出す根本の「道」に従って、ありのままに生きることを説きました。
老子の説く「無為自然」とは、どんな生き方か?
人の手でわざとらしいことをせず(無為)、万物の根本である「道」のはたらきに任せて、ありのままに(自然)生きること。
「自然」は今の「山や川」の意味ではなく、「おのずからそうであること」。老子は、水のように低い所に身を置き、争わない姿を理想とした。
老子は、儒家の説く仁や義をどう見たか? 『老子』の言葉で確かめると?
本来の「道」が失われたから、仁や義が言い立てられるようになったと見た。
白文「大道廃、有仁義。」/書き下し文「大道廃れて、仁義有り。」/訳「大いなる道が行われなくなって、仁や義が説かれるようになった。」
荘子の「万物斉同」とは、どんな考えか?
是と非、善と悪、大と小、生と死といった区別は、人の立場から見たものにすぎず、「道」から見ればすべてのものは等しいという考え。
自分が蝶になった夢を見たのか、蝶が自分になった夢を見ているのか分からない、という「胡蝶の夢」の話がこの考えを表す。
荘子の「無用の用」とは、どんな考えか?
役に立たないと見えるものにこそ、本当の大きなはたらきがあるという考え。
曲がりくねって材木にならない大木は、切られないので長く生きられる、というたとえで語られる。人の決めた「役に立つ」という物差しを疑う。
3. 法家と墨家 — 韓非子・墨子
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
儒家の「徳で治める」「身近な人から愛する」という考えには、同じ時代に強い反対がありました。
韓非子に代表される法家は、国をどうやって治めるべきだと考えたか? 儒家とどう違うか?
はっきり定めた法と、賞罰の厳しい実行によって治めるべきだと考えた。君主の徳や人の善意には頼らない点が儒家と違う。
韓非子は荀子に学んだとされる。法家の考えは、戦国時代を終わらせた秦の政治に取り入れられた。
墨子の説いた「兼愛」と「非攻」とは、それぞれどんな考えか?
兼愛は、自分と他人、身内と他人を区別せず、すべての人を等しく愛すること。非攻は、他国を攻める戦争を否定すること。
墨子は、家族への愛を出発点にする儒家の愛を、分けへだてのある愛だと批判した。
4. 日本の文化への影響
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
学習指導要領の解説は、孔子や孟子、老子や荘子などの思想が日本の文化に大きな影響を与えたことの理解を求めています。
儒家の考えは政治と道徳の柱になり、道家の考えは世の中から身を引いて生きる人々の心の支えになりました。
江戸時代に幕府が重んじ、武士の倫理の土台になった儒学の一派は何か? 幕府に仕えてこれを広めた学者は?
朱子学(宋の朱熹がまとめた儒学)。広めたのは林羅山。
上下の秩序と忠・孝を重んじた。のちに、朱子の解釈を通さずに、古い儒学の書物のもとの意味に直接立ち返ろうとする伊藤仁斎や荻生徂徠も現れた。曲亭馬琴(滝沢馬琴)の『南総里見八犬伝』で八犬士が持つ玉の文字(仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌)も、儒教の徳目である。
徒然草で兼好法師は、ひとり灯のもとで書物を読む楽しみを語り、愛読する書を挙げている。そこに挙がる道家の書は何か?
『老子』と『荘子』(原文では「老子のことば、南華の篇」。南華の篇が『荘子』のこと)
「文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老子のことば、南華の篇。」(徒然草)。世を離れて暮らす隠者の文学には、名誉や利益から身を引く老子・荘子の考えが流れている。
松尾芭蕉も『荘子』に親しんだとされ、俳諧の中にその言葉や考えをふまえた表現が見られます。
政治の場では儒家の言葉が、世を離れた場では道家の言葉が、古典の書き手の下敷きになっていました。