古典に表れる日本の文化の特質
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
古典には、その時代の人々が自然や人生、社会、言葉をどう見ていたかが表れています。
学習指導要領の解説は、古典に表れる文化の特質として人生観・社会観・自然観・美意識・言語観の 5 つを挙げています。
設問の選択肢や記述の答えは、この 5 つの見方のどれかに沿って作られることが多いので、作品を読むときの物差しになります。
| 見方 | 古典での表れ方 | 表れている作品の例 |
|---|---|---|
| 自然観 | 四季の移ろいに心情を重ねる | 古今和歌集、枕草子 |
| 人生観 | 無常、宿世、出家と来世へのあこがれ | 源氏物語、更級日記、方丈記 |
| 言語観 | 言葉には力がある(言霊、歌の力) | 万葉集、古今和歌集仮名序 |
| 社会観 | 家柄と後ろ盾、武士の名、町人の義理 | 源氏物語、平家物語、近松の浄瑠璃 |
| 美意識 | 時代ごとに中心が移る | 中古のあはれ・をかし、中世の幽玄、近世のさび・粋(いき) |
分かれ目は次の 3 つ。
- 自然は「写す」ものではなく、心を「重ねる」もの。景色の描写は、たいてい人物の心情の描写でもある。
- 人物は、身に起きたことを仏教の考えで受け止める。巡り合わせは宿世、救いは出家と来世に求める。
- 美意識の語は、意味だけでなく「どの時代のどの文学で中心になったか」と組にする(語の意味は『言語文化』のノートの「言語文化に特徴的な語句」にあります)。
1. 自然観 — 四季の移ろいと心情
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
日本の古典は、自然を人と切り離して眺めるのではなく、移り変わる季節の景物に自分の心を重ねて表します。
この約束は、のちに連歌や俳諧の発句に季節を表す言葉(季語)を詠みこむ決まりへ受け継がれました。
秋を「もの悲しい季節」と受け止める見方は、古今和歌集のころから和歌に定着した。この見方は、何の影響を受けて広まったとされるか?
漢詩(秋を悲しみの季節として詠む、中国の詩文の伝統)
万葉集の秋の歌は、紅葉や萩の美しさを詠むものが多い。平安時代の初めに漢詩文が盛んに作られる中で、秋を悲しむ詠み方が和歌にも入ったとされる。日本らしいと思われている季節感にも、中国の文学を受け入れて育てたものがある。
「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」(古今和歌集・紀友則)は、自然をどう捉えているか?
散る桜を、落ち着いた心(しづ心)を持たないものとして、人の心になぞらえて捉えている。
訳「日の光がのどかな春の日に、どうして桜の花は落ち着いた心もなく散っていくのだろう」。のどかな春と、散り急ぐ花を惜しむ気持ちとが重なっている。
2. 人生観 — 無常・宿世・出家
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
古典の人物は、身に起きたことを仏教の考えで受け止めます。「どうしてこうなったのか」の答えが、今の私たちとは違います。
平安時代の物語で、人物が思いがけない出会いや不幸を受け止めるときに使う「宿世(すくせ)」とは、どんな考えか?
前世での行いによって、この世での巡り合わせがあらかじめ決まっているという考え。また、その巡り合わせ(宿命)そのもの。
自分の力では変えられないものとして、嘆きとあきらめの両方を込めて使われる。
平安時代の物語で、出家を願う人物が口にする「ほだし(絆)」とは何か?
出家を妨げる、断ち切りがたいつながり(妻や子、親など)。
この世を捨てて仏の道に入りたいと願いながら、残していく人への思いから踏み切れない。出家へのあこがれと、人への情との間で揺れる姿が、物語にくり返し描かれる。
平安時代の後期に広まった「末法思想」とは、どんな考えか? 人々は何を願うようになったか?
釈迦が亡くなってから長い年月がたち、仏の教えが衰えて世が乱れる時代(末法)に入るという考え。人々は阿弥陀仏にすがって、死後に極楽浄土に生まれることを願った。
日本では 11 世紀の半ばに末法に入るとされた。平安時代の後期の物語や日記に、来世を願う場面が多く見られる背景には、この考えがある。
「うきよ」は、中世までは主に「憂き世」、江戸時代には「浮き世」とも書かれるようになった。この世の見方は、どう変わったか?
憂き世は「つらいことの多い、いとわしいこの世」。浮き世は「どうせはかない世なら、浮き浮きと楽しんで生きよう」という、今の世を肯定する見方。
仏教の考えでこの世を仮のものと見る点は同じだが、向きが逆になった。浮世草子や浮世絵の「浮世」は、今の世の中・当世風という意味である。
無常そのものがどう描かれるか(方丈記・平家物語・徒然草)は、このパックの「06 表現の特色」にある「題材と美意識」で扱います。
3. 言語観 — 言葉の力
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
日本の古典には、言葉をただの伝える道具とは見ず、言葉そのものに力があるとする見方が流れています。
「言霊(ことだま)」とは、どんな考えか? 万葉集では日本をどんな国と言い表しているか?
言葉には霊の力が宿っていて、口に出した言葉どおりのことが実際に起こるという考え。万葉集は日本を「言霊の幸(さき)はふ国」(言葉の霊力が幸いをもたらす国)と言う。
山上憶良の長歌の一節。良い言葉を口にして無事を祈ること、不吉な言葉を避けることは、この考えから来ている。
古今和歌集の仮名序は、和歌は何から生まれるものだと述べているか?
人の心から生まれる。
「やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。」(古今和歌集・仮名序)。訳「和歌は、人の心を種として、そこからさまざまな言葉の葉になったものである」。心を種、言葉を葉にたとえている。
古今和歌集の仮名序は、和歌にどんな力があると述べているか?
力を入れなくても天地を動かし、鬼神の心も動かし、男女の仲を和らげ、勇ましい武士の心も慰める力。
「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。」(古今和歌集・仮名序)。説話や物語には、歌を詠んで願いがかなう話(歌徳説話)が多い。
4. 社会観 — 家と身分
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
古典の人物は、一人の個人としてよりも、どの家の、どの身分の人かで扱われます。
人物の幸不幸が、本人の人柄より家柄や後ろ盾で決まることを知っていると、物語の筋が読めます。
源氏物語の桐壺の巻で、桐壺の更衣について「とりたててはかばかしき後見しなければ、事ある時は、なほ拠り所なく心細げなり」とある。「後見(うしろみ)」とは何か? この一文から、どんな社会の見方が分かるか?
後見は、後ろ盾になって世話をする人(父や兄弟など)。宮中での立場は、本人への愛情だけでなく、実家の力に支えられていたことが分かる。
訳「これといってしっかりした後ろ盾がないので、何かあるときは、やはり頼る所がなく心細そうである」。
平家物語などの軍記物語に表れる、武士が命よりも重んじたものは何か?
名(な)(武士としての名誉)。あわせて主君と家来の結びつきを重んじた。
戦いの場で名乗りを上げるのも、逃げることを恥とするのも、後の世に残る名を惜しむからである。貴族の物語には無かった価値観が、中世の文学に入ってくる。
近世には、町人が文学の主役になります。近松門左衛門の浄瑠璃は、世間に対する務め(義理)と自分の気持ち(人情)の板ばさみを描きました。
5. 美意識 — 時代ごとの中心
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ア
美しさを表す語は、時代ごとに入れ替わります。ここでは語の意味ではなく、その語がどの時代の文学の中心にあったかを確かめます。
| 時代 | 中心になった美意識 | 文学・芸能 |
|---|---|---|
| 中古 | あはれ・をかし | 物語、随筆、和歌 |
| 中世 | 幽玄・余情 | 和歌、連歌、能 |
| 中世の終わり | わび | 茶の湯 |
| 近世の前半 | さび | 芭蕉の俳諧 |
| 近世の後半 | 粋(いき)・通 | 遊里や町人の暮らしを描く小説 |
「さび」「をかし」「幽玄」「粋(いき)」を、それぞれの美意識が文学の中心になった時代の古い順に並べると?
をかし(中古)、幽玄(中世)、さび(近世の前半)、粋(近世の後半)
をかしは平安の随筆、幽玄は中世の和歌と能、さびは芭蕉の俳諧、粋は江戸時代後期の江戸の町人の文学。
中世に、言い尽くさないことを良しとする美意識(幽玄・余情)が文学の中心になった。その背景には、時代のどんな事情があるとされるか?
戦乱が続いて貴族の世が衰え、世の無常が強く意識されるようになったこと。
平安の文学は、目の前のものに心が動くさま(あはれ・をかし)を表した。中世は、失われたものや目に見えないものへ思いを向け、言い尽くさないことで奥行きを出す方へ向かった。語の意味そのものは『言語文化』のノートにある。
江戸時代の後期に、江戸の町人の文化から生まれた美意識「粋(いき)」「通(つう)」とは、どんな美意識か? どんな文学に表れるか?
あか抜けていて、人情や遊びの作法によく通じていることを良しとする美意識。遊里を舞台にした洒落本や、町人の恋愛を描いた人情本などに表れる。
貴族や僧ではなく、町人の暮らしの中から生まれた点が、それまでの美意識と違う。