日記・随筆・紀行
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
日記・随筆・紀行は、どれも書き手が自分の見たこと・思ったことを書く文章です。物語と違って語り手が書き手自身なので、
書き手がどんな立場の人か(妻か、女房か、出家した人か、旅の俳人か)を押さえると、書かれていない主語が補いやすくなります。
誰が書いたかは『言語文化』のノートの文学史にあるので、ここでは書き方の形を確かめます。
| 種類 | 何に沿って書くか | 形の特徴 | 主な作品 |
|---|---|---|---|
| 日記 | 書き手の人生の時間 | 後から振り返って書く。和歌を多く含む | 土佐日記、蜻蛉日記、和泉式部日記、紫式部日記、更級日記、讃岐典侍日記、十六夜日記、とはずがたり |
| 随筆 | 決まった筋を持たない | 短い章段の集まり。見聞・感想・考えを自由に書く | 枕草子、方丈記、徒然草 |
| 紀行 | 旅の道筋 | 土地ごとの見聞と感慨に、和歌や発句を添える | 海道記、東関紀行、野ざらし紀行、笈の小文、おくのほそ道 |
| 日記 | 書き手の立場 | 書き方の特徴 |
|---|---|---|
| 土佐日記 | 任国から都へ帰る国司(女性に仮託) | 日付を追って旅を書く |
| 蜻蛉日記 | 藤原兼家の妻 | 約二十年の結婚生活を回想する |
| 和泉式部日記 | 敦道親王の恋の相手 | 自分を「女」と三人称で書き、歌のやり取りが中心 |
| 紫式部日記 | 中宮彰子に仕える女房 | 宮廷の記録の部分と、手紙の形の部分がある |
| 更級日記 | 受領の娘、のち宮仕え・結婚 | 少女のころから約四十年を晩年に回想する |
| 讃岐典侍日記 | 堀河天皇に仕えた典侍 | 天皇の看病と死、その後の追慕を書く |
分かれ目は次の 3 つ。
- 平安の日記は、毎日つけた記録ではなく、後から回想してまとめた作品。日付を追う土佐日記のほうが珍しい形。
- 日記は書き手の人生の時間に沿い、随筆は時間にも筋にも沿わない。随筆は章段ごとに話題が変わる。
- 紀行は「地の文で場面を語り、歌や句で結ぶ」。おくのほそ道は事実の記録ではなく、手を入れて仕上げた作品。
1. 日記
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ
日記は書き手が「私」として書くので、敬語の付いていない動作は、ふつう書き手自身の動作です。
また、後から振り返って書くため、自分が体験した過去を表す助動詞「き」がよく使われます。
平安時代の仮名の日記は、今の日記と書き方がどう違うか?
その日ごとに書きつけた記録ではなく、後から自分の人生のある期間を振り返ってまとめた作品が多い。
だから、書き手が何を主題に選んで語っているか(夫との仲、物語へのあこがれ、主人の死など)を先につかむと読みやすい。
土佐日記は、ほかの仮名の日記と比べて、書き方にどんな特徴があるか?
日付を追って、旅の一日一日を順に書く。書き手を女性に仮託している。
(例)それの年の十二月の二十日あまり一日の日の戌の時に、門出す。(土佐日記)。女性のふりをすることで、亡くした娘への悲しみなどの私的な感情を仮名で書けた。
蜻蛉日記の書き出しは、それまでの物語をどう評し、自分は何を書くと述べているか?
古い物語は「そらごと」(作りごと)が多いと評し、それに対して自分自身の身の上をありのままに書くと述べる。
作りごとの物語に対して、事実に基づいて自分の人生を語るのが日記だ、という意識が表れている。
和泉式部日記は、書き手自身のことをどう書いているか? そのため、どんな種類の作品に近くなるか?
自分を「女」と三人称で書き、歌のやり取り(贈答歌)を中心に恋の経過を語る。そのため歌物語に近い形になる。
「和泉式部物語」とも呼ばれる。和泉式部本人の作ではないとする説もある。
紫式部日記は、書き方の違う 2 つの部分からできている。どんな部分か?
宮廷の出来事の記録の部分(中宮彰子の出産の前後の様子など)と、手紙の形で書かれた部分(消息文)。
手紙の形の部分には、和泉式部・赤染衛門・清少納言についての人物評が入る。
讃岐典侍日記は、どんな立場の人が、何を書いた日記か?
堀河天皇に仕えた典侍(藤原長子)が、天皇の病と死をそばで看取ったことと、その後の追慕を書いた。
後半では幼い鳥羽天皇に仕えながら、亡き堀河天皇を思い出す。主人のそばで仕える女房の立場から書くので、天皇の動作には高い敬語が付く。
2. 随筆
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ
随筆は、章段ごとに話題が変わります。前の章段の続きとして読もうとせず、その章段が何を言うためのものかを章段ごとにつかみます。
「随筆」は、日記とどこが違うか?
随筆は、時間の順にも筋にも沿わず、見聞・感想・考えを短い章段で自由に書く。日記は書き手の人生の時間に沿って書く。
随筆は章段ごとに独立しているので、1 つの章段だけ取り出しても読める。
枕草子の章段は、内容から 3 つに分けられる。それぞれどんな章段か?
類聚的章段(「山は」「うつくしきもの」のように、同じ種類のものを並べる)、日記的章段(中宮定子に仕えた宮廷での出来事を回想する)、随想的章段(自然や人についての感想を書く)。
類聚的章段は「〜は」「〜もの」で始まることが目印。日記的章段では定子に高い敬語が付く。
方丈記は、全体がどんな順に組み立てられているか?
無常を述べる序、都で体験した災害の記録、自分の来歴と方丈の庵での暮らし、最後に自分の心への問い直し、の順。
災害は大火・辻風・都遷り・飢饉・大地震の五つ。和漢混交文で、対句を多く使う。章段に分かれず、一続きの文章として組み立てられている点が枕草子・徒然草と違う。
徒然草は、全体がどんな形でできているか?
序段と、二百四十あまりの短い章段でできている。章段ごとに話題が独立し、人生の教え・逸話・趣味・しきたりなど内容は幅広い。
内容に合わせて、やわらかな和文の段と、漢語の多い引き締まった文体の段がある。
徒然草の「高名の木登り」の段は、木登りの名人の言葉を伝えたあと、「あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。」と評している。兼好は、だれの、何を評価しているか?
身分の低い木登りの名人の言葉が、聖人の教えと同じ道理にかなっていることを評価している。
名人は、高くて危ない所では何も言わず、軒の高さまで降りてきたところで「あやまちすな。心して降りよ。」(徒然草)と声をかけた。失敗は安心した所で起きる、という道理である。徒然草には、身分にかかわらず、一つの道に通じた人の言葉を取り上げてたたえる章段がいくつもある。
3. 紀行
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ
紀行は旅を書いた文章です。古典の旅は、昔の歌人が歌に詠んだ名所(歌枕)を訪ねることが多く、土地ごとに古い歌や故事が引かれます。
おくのほそ道の平泉の場面は、地の文と発句が次のように組み合わさっています。
| 部分 | おくのほそ道「平泉」の本文 |
|---|---|
| 地の文(場面と感慨) | 「国破れて山河あり、城春にして草青みたり。」と、笠うち敷きて、時のうつるまで涙を落としはべりぬ。 |
| 発句(結び) | 夏草や兵どもが夢の跡 |
「紀行」とはどんな種類の文章か? 文章は何に沿って進むか?
旅の道筋に沿って、土地ごとの見聞と感慨を書く文章。和歌や発句を添えることが多い。
中世には京と鎌倉の間の旅を書いた海道記・東関紀行・十六夜日記があり、近世には芭蕉の野ざらし紀行・笈の小文・おくのほそ道がある。
「俳文」とはどんな文章か? おくのほそ道では、文章と発句がどう組み合わさっているか?
俳諧の味わいを持たせた、簡潔で含みの多い文章。おくのほそ道では、地の文で場面と感慨を語り、発句で結ぶ。
地の文には漢詩や古歌が下敷きにされることが多い(平泉の場面は杜甫の詩を引く)。「地の文のあとに歌や句が山場になる」形は歌物語と通じる。
おくのほそ道は、旅の事実をそのまま記録したものか?
そうではない。旅のあと何年もかけて手を入れた作品で、日付や出来事の順を変えたり、作りごとを交えたりしている。
同行した曾良の日記と比べると食い違いがあることから分かる。記録として読むのではなく、構成された作品として読む。