敬語を読みに使う
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
古文は主語や相手をよく省きます。省かれた人物を補ういちばんの手がかりが敬語です。
敬語の種類と主な語、敬意の出どころ(地の文は作者から、会話文は話し手から)は、「言語文化」のノートの「04 敬語」にあります。
ここでは、その知識を読むときにどう使うかを、短い例で確かめます。
| 見つけたもの | 分かること |
|---|---|
| 尊敬語が付いた動作 | 主語は、高められる人物 |
| 尊敬語が付かない動作 | 主語は、高められない人物か、書き手自身 |
| 謙譲語が付いた動作 | 動作を受ける相手が、高められる人物 |
| 地の文の二重敬語(せ給ふ・させ給ふ) | 主語は、帝・中宮などのごく身分の高い人物 |
| 謙譲語+尊敬語(聞こえ給ふ) | する人も受ける人も、高められる人物 |
| 話し手が自分に使う尊敬語 | 話し手は、帝などの最高位の人物(自敬表現) |
| 会話文の丁寧語 | 聞き手は、話し手が敬意を払う相手 |
分かれ目は次の 3 つ。
- 先に、その文章で誰に敬語が付くかを確かめる。敬語が付く人と付かない人に分けておくと、省かれた主語が決まる。
- 謙譲語の「受ける人」は、次の尊敬語の主語になりやすい。差し上げられた人が、次にご覧になる。
- 会話文の敬語は、地の文ほど決め手にならない。話し手は、地の文なら敬語が付かない人にも敬語を使う。
1. 敬語の有無で主語を決める
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
地の文の敬語は作者からの敬意なので、同じ作品の中では、敬語が付く人物と付かない人物がほぼ決まっています。
それを先に確かめておけば、主語が書かれていない文でも、敬語の有無で人物を振り分けられます。
敬語を手がかりに主語を補うとき、読み始めにしておくことは何か?
登場人物を、地の文で尊敬語が付く人と付かない人に分けておく
主語が書かれている文で確かめる。あとは、尊敬語のある動作を前者に、無い動作を後者に振り分けていく。
例文「大臣、童を召して、文を給ふ。持て行きて、姫君に奉る。」で、「持て行きて…奉る」の主語は誰か? なぜか?
童。「持て行き」「奉る」に尊敬語が付いていないから
大臣の動作には「召し」「給ふ」と尊敬語が付いている。「奉る」は謙譲語で、受け取る姫君を高めるだけで、主語は高めない。
例文「女房、文を書きて奉れば、御覧じて、笑ひ給ふ。」で、「御覧じて、笑ひ給ふ」の主語は、どういう人物か? なぜか?
女房が文を差し上げた相手。「奉る」が高めた人物が、次の尊敬語「御覧ず」「給ふ」の主語になるから
謙譲語で高められた「受ける人」と、尊敬語で高められた「する人」は、同じ人物であることが多い。
「御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ」で、「上げたれば」の主語は誰か? なぜか?
作者(清少納言)。尊敬語が付いていないから
日記や随筆では、主語が無く尊敬語も無い動作は、まず書き手自身の動作と考える(枕草子)。
2. 二重敬語と自敬表現
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
尊敬語を 2 つ重ねた「せ給ふ」「させ給ふ」は、地の文では使われる人物が限られます。
また、身分の最も高い人の言葉には、自分で自分を高める言い方が出ることがあります。
「御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ」で、「笑はせ給ふ」の主語は誰か? なぜか?
中宮(定子)。地の文で二重敬語「せ給ふ」が使われているから
その場にいる人の中で、二重敬語が使われるほど身分が高いのは中宮だけ。笑わせる相手が書かれていないので、「せ」は使役でなく尊敬(枕草子)。
会話文の中の二重敬語(せ給ふ・させ給ふ)は、地の文のときと同じように主語を決める決め手になるか?
決め手になりにくい
会話文では、話し手が目の前の相手や話題の人を強く敬って、帝や中宮でない人にも二重敬語を使う。話し手と相手の関係から考える。
「自敬表現」とは何か? 見つけたら、話し手について何が分かるか?
話し手が、自分の動作に尊敬語を使ったり、自分に向かう相手の動作に謙譲語を使ったりして、自分を高める言い方
話し手は、帝などの最も身分の高い人物と考えられる。
帝が翁に言った「顔かたちよしと聞こしめして、御使ひを賜びしかど」で、「聞こしめし」「賜び」は誰の動作か?
帝(話し手)自身の動作
「お聞きになって、お使いをお遣わしになったが」。帝が自分の動作に尊敬語を使う自敬表現(竹取物語)。
3. 謙譲語+尊敬語で 2 人を決める
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
「聞こえ給ふ」「参り給ふ」のように謙譲語と尊敬語が重なっていたら、する人と受ける人の両方が高められています。
これを使うと、主語と相手の 2 人を一度に絞れます。
帝・中宮・女房の 3 人がいる場面の地の文で、主語も相手も書かずに「…と聞こえ給ふ。」とある。言ったのは誰で、相手は誰か?
言ったのは中宮、相手は帝
「給ふ」が付くので、言った人は女房ではない。「聞こえ」が付くので、相手も女房ではない。残る 2 人のうち、ふつうは身分のより高い帝が「申し上げられる」側になる。
例文「大将、内裏に参り給ふ。」のように、謙譲語の行き先が人でなく場所のとき、「参り」は誰を高めているか?
その場所の主(内裏なら帝)
謙譲語は動作を受ける側を高める。行き先が場所なら、そこにいる身分の高い人が高められている。「給ふ」は大将を高める。
4. 「侍り」「候ふ」と聞き手
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
「侍り」「候ふ」が謙譲語か丁寧語かは、誰のそばに「いる」のかが読み取れるかどうかで決まります。
丁寧語と決まれば、今度はそこから聞き手が誰かを考えられます。
「物語の多く候ふなる、ある限り見せ給へ」の「候ふ」は、謙譲語か丁寧語か? なぜか?
丁寧語(「あります」)。主語が「物語」で、貴人のそばにお仕えするという意味にならないから
「物語がたくさんあると聞いていますが、それをある限りお見せください」。作者が仏に祈る言葉で、聞き手の仏を高める(更級日記)。
「物語などして集まりさぶらふに」の「さぶらふ」は、謙譲語か丁寧語か? なぜか?
謙譲語(「お仕えする・おそばに控える」)。女房たちが、中宮のそばに集まっている場面の地の文だから
「話などをして、集まってお控えしていると」。中宮を高めている(枕草子)。
会話文に丁寧語の「侍り」「候ふ」があるか無いかから、話し手と聞き手について何が分かるか?
丁寧語があれば、聞き手は話し手が敬意を払う相手。無ければ、話し手のほうが上か、対等の相手であることが多い
誰の言葉かが書かれていない会話文で、話し手と聞き手を決める手がかりになる。