和歌に多い語法
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
和歌は五・七・五・七・七の 31 音に収めるので、散文ではあまり見ない短い言い方がよく使われます。
多くは奈良時代からの古い語法で、助動詞や助詞の知識だけでは訳せません。形ごと覚えておくと、歌の意味が取れるようになります。
| 語法 | 形 | 訳 |
|---|---|---|
| ミ語法 | A を B み(B は形容詞の語幹) | A が B なので |
| ク語法 | 活用語+く・らく(言はく・老いらく) | 〜こと |
| なくに | 打消「ず」のク語法「なく」+「に」 | 〜ないのに・〜ないことだなあ |
| 詠嘆の「けり」 | 〜けり・〜なりけり | 〜だなあ・〜のだったなあ |
| 係助詞の文末用法 | 文末の「や」「か」「ぞ」 | 〜か・〜だ |
| 倒置 | 言い切らない形で歌が終わる | 前の句に戻して読む |
分かれ目は次の 3 つ。
- 「〜を〜み」の「を」は「〜を」と訳さない。「A が B なので」と、原因・理由で訳す。
- 「なくに」は「無くに」ではない。打消の「ず」から出た形で、「〜ないのに」と訳す。
- 歌の終わりが言い切りの形でなければ、倒置を考える。係り結びの結びや終止形で文が切れているところを探し、後ろの部分を前に戻す。
1. ミ語法「〜を〜み」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
形容詞の語幹に「み」が付いて、原因・理由を表す言い方です。「を」を伴うことが多いので「〜を〜み」の形で覚えます。
和歌の「A を B み」(B は形容詞の語幹)は、どう訳すか?
「A が B なので」(原因・理由)
「を」は主語のように訳す。ク活用は語幹に「み」が付き(早み・高み)、シク活用は「〜し」の形に付く。「山高み」(山が高いので)のように「を」が無い形もある。
「瀬を早み岩にせかるる滝川の」の「瀬を早み」を訳すと?
「川の瀬の流れが速いので」
「早」は形容詞「早し」の語幹。「岩にせき止められる急流が(二つに分かれても)」と続く(詞花和歌集・崇徳院。百人一首)。
「かりほの庵の苫をあらみ」の「あら」は何か? どう訳すか?
形容詞「粗し」の語幹。「仮小屋の屋根をふいた苫の編み目が粗いので」
動詞「あり」の未然形ではない。下に「わが衣手は露にぬれつつ」と結果が続く(後撰和歌集・天智天皇。百人一首)。
2. ク語法と「なくに」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
活用する語に「く」「らく」が付いて、全体が名詞のように働く言い方をク語法といいます。
現代語の「いわく」「願わくは」「老いらく」は、その名残です。
ク語法とは、どういう言い方か? 「言はく」「思はく」はどう訳すか?
活用する語に「く」「らく」が付いて、「〜こと」という名詞のまとまりを作る言い方。「言うこと(には)」「思うこと(には)」
四段動詞などは未然形に「く」が付いた形になる(言はく)。「老いらく」は「年を取ること」。
「願はくは花の下にて春死なむ」の「願はくは」は、どういう成り立ちの形か? どう訳すか?
四段動詞「願ふ」のク語法「願はく」(願うこと)+係助詞「は」。「願うことには・どうか」
下に、願いの中身が意志や願望の形で続く(春死なむ)。現代語の「願わくは」のもとの形(山家集・西行)。
和歌の「〜なくに」は、どういう成り立ちの形か?
打消の助動詞「ず」のク語法「なく」(〜ないこと)に、助詞「に」が付いた形
形容詞「無し」の連用形「無く」ではない。上には未然形が来る(ならなくに・知らなくに)。
「〜なくに」は、どう訳すか?
多くは「〜ないのに」。歌の終わりでは、詠嘆を込めて「〜ないのになあ・〜ないことだなあ」
文脈によっては「〜ないのだから」と理由に取ることもある。まず逆接で訳して、通るかを確かめる。
「乱れそめにしわれならなくに」を訳すと?
「(ほかの誰かのせいで)心が乱れ始めた私ではないのに」(あなたのせいで乱れたのだ、という気持ち)
「なら」は断定の「なり」の未然形。「私ではないのに」(伊勢物語・初段。百人一首)。
3. 詠嘆の「けり」と文末の係助詞
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
和歌は、今の自分の気持ちを詠むものです。そのため「けり」は過去でなく、今気づいた驚きを表すことが多くなります。
また、係助詞が歌や句の終わりに置かれ、結びを持たずに文を閉じることがあります。
「見渡せば花も紅葉もなかりけり」の「けり」が、過去でなく詠嘆だと分かるのはなぜか? どう訳すか?
今、目の前を見渡して気づいたことを詠んでいるから。「(見渡すと)花も紅葉も無いのだなあ」
昔の出来事を語っているのではない。下に「浦の苫屋の秋の夕暮れ」と今の景色が続く(新古今和歌集・藤原定家)。
係助詞「や」「か」が、結びの語を持たずに文や句の終わりにあるとき、どういう働きをしているか?
文末で疑問・反語を表している(係助詞の文末用法)
「や」は終止形に、「か」は体言や連体形に付く。「〜にや」「〜にか」のように下の「あらむ」が省かれた形とは別のもの。
「わが思ふ人はありやなしやと」の「ありやなしや」を訳すと?
「無事でいるのか、いないのか」
「や」は終止形「あり」「なし」に付いた文末用法で、疑問を表す。都に残した人の安否を、都鳥に尋ねている(伊勢物語・東下り)。
「白玉か何ぞと人の問ひしとき」の「か」「ぞ」は、それぞれどういう働きをしているか?
「か」は文末用法の疑問(真珠か)、「ぞ」は疑問の語「何」に付いて問いかけを表す(何なのか)
文末の「ぞ」は、ふつう「〜だ・〜だぞ」と強く言い切る。疑問の語と一緒のときは、問いただす言い方になる(伊勢物語・芥川)。
4. 倒置した歌の読み方
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-イ
和歌では、言いたいことを先に言い切り、その理由や条件を後から足す形がよく使われます。
倒置の気づき方そのものは、このパックの「04 文の組み立てと読み方」のノートにあります。ここでは、どこで文が切れているかを文法で決めて、語順を戻します。
「月見れば千々にものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど」は、どこで文が切れているか? 何から分かるか?
三句の「悲しけれ」で切れている。係助詞「こそ」の結びの已然形で、文がそこで言い切られているから
歌の終わりは逆接の「ど」(〜けれども)で、言い切っていない。終わりの部分が前に係る倒置になっている(古今和歌集・大江千里。百人一首)。
「月見れば千々にものこそ悲しけれわが身一つの秋にはあらねど」を、ふつうの語順に戻して訳すと?
「私一人だけに来た秋ではないけれども、月を見ると、あれこれと限りなく物悲しいことだ」
「わが身一つの秋にはあらねど」を前に戻す。「あらねど」は、「あり」の未然形に打消「ず」の已然形「ね」と逆接の「ど」が付いた形。