主語の省略と補い方
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
古文では、主語が書かれないことが多いです。前の文で分かっている人物は、くり返して書かないのがふつうだからです。
読み手は述語(どうする・どんなだ)の側から、「だれが」を補って読みます。主語と述語がきちんと対応していることを、主語と述語の照応といいます。
補うときの手がかりは 1 つではありません。いくつかを重ねて決めます。
| 手がかり | 見るところ | 分かること |
|---|---|---|
| 接続助詞「て」「で」「つつ」 | 助詞の前と後 | 主語が同じことが多い |
| 接続助詞「を」「に」「が」「ば」「ど」「ども」 | 助詞の前と後 | 主語が変わることが多い |
| 直前の文 | 前の文の主語 | 言い直しが無ければ、同じ主語が続く |
| 文章の種類 | 日記・随筆か、物語・説話か | 日記・随筆で主語の無い動作や心情は、筆者自身のことが多い |
| 敬語 | 尊敬語が付いているか | 高められる人物が主語かどうか |
| 文脈 | 補って訳したときに前後と合うか | 最後の確かめ |
敬語から主語を決める読み方は、「言語文化」のノートの「敬語の種類と敬意の方向」と、このパックの「03 文語のきまりを深める」で扱います。
このノートでは、接続助詞・文章の種類・文脈からの補い方を中心にします。
分かれ目は次の 3 つ。
- 接続助詞の決まりは目安。「て」の前後で主語が変わることも、「ば」の前後で主語が変わらないこともある。補って訳し、前後と合うかを確かめる。
- 主語のあとの「が」「は」は書かれないことが多い。「翁、竹を取る。」のように、体言のすぐあとに読点があれば主語の見当をつける。
- 日記・随筆では、書かれていない主語はまず筆者と考える。物語・説話では、直前の文の主語を引き継ぐと考える。
1. 主語と述語の照応
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ
主語を補う前に、まず述語を見つけます。述語が決まれば、「それをするのはだれか」という問いの形で主語を探せます。
古文の語順は日本語なので今と同じですが、主語が無かったり、主語を示す助詞が無かったりします。
主語と述語の「照応」とは、どういうことか? 古文を読むときに気をつけることは?
述語(どうする・どんなだ)に対して、主語(だれが・何が)がきちんと対応していること。
古文では主語が書かれないことが多いので、述語の側から「だれの動作か」を補って照応を確かめる。
『竹取物語』の「今は昔、竹取の翁といふものありけり。」の主語はどこか? 現代語と違う点は?
主語は「竹取の翁といふもの」。主語を示す助詞「が」が書かれていない。
古文では、主語のあとの「が」「は」が書かれないことが多い。訳すときに「竹取の翁という者がいた」と補う。
主語の書かれていない文で、主語を補う手順は?
述語を見つける。次に、その場面にいる人物を挙げる。接続助詞・敬語・文章の種類で絞る。最後に、補って訳して前後と合うかを確かめる。
手がかりはどれも目安なので、1 つだけで決めず、最後の確かめを省かない。
2. 接続助詞から補う
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ
接続助詞は、前後の主語が同じか変わるかの見当をつける手がかりになります。
「て」は同じ人の動作を続けて述べるのに使うことが多く、「を」「に」「ば」などは、ある動作を受けて別のことが起こる場面に使うことが多いからです。
どちらもそうなることが多いというだけで、例外はよくあります。
接続助詞「て」「で」「つつ」の前後では、主語はどうなることが多いか?
主語が同じことが多い。
同じ人の動作を続けて述べるときに使うことが多いため。ただし目安で、前後で主語が変わる例もある。
接続助詞「を」「に」「が」「ば」「ど」「ども」の前後では、主語はどうなることが多いか?
主語が変わることが多い。
ある動作を受けて、別の人や物のことを述べる場面に使うことが多いため。ただし目安で、同じ主語のまま続く例もある。
『竹取物語』の「あやしがりて、寄りて見るに、筒の中光りたり。」で、「あやしがり」「寄り」「見る」の主語と、「光りたり」の主語は?
「あやしがり」「寄り」「見る」は翁、「光りたり」は筒の中。
「て」でつながる 3 つの動作は同じ翁の動作で、「に」のあとで主語が変わっている。不思議に思って、近寄って見ると、筒の中が光っている。
『宇治拾遺物語』の「寝たるよしにて、出で来るを待ちけるに、すでにし出だしたるさまにて、ひしめき合ひたり。」で、「待ちける」の主語と「ひしめき合ひたり」の主語は?
「待ちける」は児、「ひしめき合ひたり」は僧たち。
「に」の前後で主語が変わっている。児が寝たふりをして、できあがるのを待っていたところ、僧たちはもう作りあげたようすで、にぎやかに騒ぎ合っている。
『徒然草』の「年寄るまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、あるとき思ひ立ちて、ただひとり、徒歩より詣でけり。」で、「ば」の前後の主語はどうなっているか?
前も後も、仁和寺の法師で変わらない。
拝んだことがなかったのも、残念に思ったのも法師。「ば」の前後で主語が変わるというのは目安で、このように同じ主語のまま理由を述べる例がある。
例文「日暮れて、人々帰りぬ。」で、「て」の前後の主語はどうなっているか?
変わっている。「暮れ」の主語は日、「帰りぬ」の主語は人々。
「て」の前後で主語が同じというのは目安。主語がそれぞれ書かれているときは、書かれているとおりに読む。
例文「男、『いづくへ行くぞ。』と問へば、『京へ。』と答ふ。」で、「答ふ」の主語はだれか?
男に問われた相手。
「問へば」の「ば」のあとで主語が変わる。会話のやりとりでは、「〜と言へば」「〜と問へば」のあとは、聞いていた側の動作になることが多い。
3. 文章の種類と文脈から補う
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ
接続助詞でも敬語でも決まらないときは、どういう種類の文章かと、前の文からのつながりで決めます。
日記や随筆は筆者が自分の見聞きしたことを書く文章なので、主語の無い動作や心情は、まず筆者のものと考えます。
『徒然草』の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば」で、「向かひ」「書きつくれ」の主語はだれか? なぜそう決まるか?
筆者(兼好)自身。
随筆は筆者が自分の考えや見聞を書く文章なので、主語の無い動作や心情は、まず筆者のものと考える。日記でも同じ。
『更級日記』の冒頭「東路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人」の「人」は、だれを指すか?
筆者自身。
日記だが、書き出しでは自分のことを「人」と、ほかの人のように書いている。続く「いかで見ばやと思ひつつ」の主語も筆者である。
『竹取物語』の「野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。」には主語が無い。だれの動作か? なぜそう決まるか?
竹取の翁。直前の文の主語を引き継いでいる。
前の文「竹取の翁といふものありけり」で紹介された人物が、言い直されないまま主語になっている。別の人物が出てくるまでは、同じ主語が続くと考える。
登場人物が同じくらいの身分の 2 人で、どちらの動作にも尊敬語が付かない。主語は何で決めるか?
接続助詞と文脈で決める。
敬語は、人物によって敬語の付き方に差があるときに使える手がかり。差が無いときは、「て」「ば」などの前後の見当と、直前の文の主語、補って訳したときのつながりで決める。