みならいノート

古典探究 2027年度版

和歌・連歌・俳諧

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

0. どういうまとまりか

和歌・連歌・俳諧は、どれも五音と七音の組み合わせでできた詩です。和歌の五七五七七を、上の句(五七五)と下の句(七七)に分けて別の人が詠み継ぐのが連歌、
連歌を滑稽にしたものが俳諧で、その最初の一句(発句)がのちに独り立ちして俳句になりました。
句切れの見つけ方や三大集の歌人は『言語文化』のノートにあるので、ここでは歌集の種類と組み立て、調べ、連歌と俳諧の形を確かめます。

種類 音の形 何人で詠むか 特徴
和歌(短歌) 五七五七七 一人 歌集に収められ、詞書が付く
連歌 五七五と七七を交互に連ねる 数人 前の句に付けながら、話題を次々に転じる
俳諧 連歌と同じ 数人 滑稽を旨とし、日常の言葉や漢語も使う
発句 五七五 一人 連歌・俳諧の最初の句。季語と切れ字を入れる
川柳 五七五 一人 季語も切れ字も要らない。人の世を笑う
狂歌 五七五七七 一人 和歌の形で滑稽やふざけを詠む
三大集 時代 調べ 多い句切れ
万葉集 奈良時代 五七調 二句切れ・四句切れ
古今和歌集 平安時代前期 七五調 三句切れ
新古今和歌集 鎌倉時代初期 七五調 初句切れ・三句切れ(体言止めも多い)

分かれ目は次の 3 つ。

1. 歌集の種類と組み立て

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ

和歌は一首だけで読まれることもありますが、多くは歌集の中に、決まった順に並べられて伝わっています。歌の前に置かれた説明(詞書)も読む手がかりになります。

「勅撰和歌集」「私撰集」「私家集」はどう違うか?

勅撰和歌集は天皇や上皇の命令で撰んだ歌集。私撰集は個人が、多くの歌人の歌を撰んだ歌集。私家集は一人の歌人の歌を集めた歌集。
私家集の例は、西行の山家集、源実朝の金槐和歌集。万葉集は勅撰和歌集には数えない。

「八代集」とは何か? そのうち最初の 3 つを何と呼ぶか?

古今和歌集から新古今和歌集までの、8 つの勅撰和歌集。最初の 3 つ(古今・後撰・拾遺)を三代集と呼ぶ。
順に、古今・後撰・拾遺・後拾遺・金葉・詞花・千載・新古今。勅撰和歌集は全部で二十一あり、二十一代集という。

勅撰和歌集の「部立」とは何か? 古今和歌集で柱になる部立は?

歌を内容で分けた分類のこと。古今和歌集では四季(春・夏・秋・冬)と恋が柱で、ほかに賀・離別・羇旅・哀傷・雑などがある。
四季の歌は季節の進む順に、恋の歌は恋の始まりから終わりへと進む順に並ぶ。この組み立てが後の勅撰和歌集の手本になった。

万葉集の歌の分類の柱になる 3 つの部立は何か?

雑歌・相聞・挽歌
相聞は互いに思いを伝え合う歌(多くは恋の歌)、挽歌は人の死を悼む歌、雑歌はそれ以外の、宮廷の行事や旅などの歌。

歌集で、歌の前に置かれる「詞書」とは何か? 読むときにどう使うか?

その歌が詠まれた事情や題を説明する短い文。誰が・誰に・どんな場面で詠んだかをここから読み取り、歌の解釈の前提にする。
事情が分からない歌は「題知らず」、作者が分からない歌は「よみ人知らず」と書かれる。

2. 歌風と調べ

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ

五七調と七五調がそれぞれ何句切れのリズムかは、『言語文化』のノートで確かめました。時代による移り変わり(万葉集は五七調、古今和歌集からは七五調が中心)は上の表のとおりで、歌ごとの確かめは「06 表現の特色」の「響きとリズム」にあります。
ここでは、調べが歌の形(長歌・連歌)と結び付いていることを押さえます。

調べ 例
五七調(二句切れ・四句切れ) 春過ぎて夏来たるらし/白妙の衣干したり/天の香具山(万葉集)
七五調(三句切れ) 心なき身にもあはれは知られけり/鴫立つ沢の秋の夕暮(新古今和歌集)

万葉集に多い長歌は、五七調と七五調のどちらの調子か? なぜそう言えるか?

五七調。長歌は五音・七音の組をくり返して進み、最後を五七七で結ぶ形だから。
万葉集の短歌に二句切れ・四句切れが多いのも、五七で区切るこの調子による。古今和歌集からあとは長歌がほとんど詠まれなくなり、短歌も七五調が中心になる。

七五調(三句切れ)の歌は、五七五と七七の 2 つに分かれる。この切れ方は、連歌の形とどうつながるか?

上の句(五七五)と下の句(七七)を別の人が詠む連歌の形と、同じ切れ方である。
一首を二人で詠む短い連歌(短連歌)から、五七五と七七を交互に長く連ねる連歌へ発展した。

「題詠」とは何か? 「歌合」とは何か?

題詠は、前もって決められた題に合わせて歌を詠むこと。歌合は、歌人を左右の組に分け、同じ題で詠んだ歌を一首ずつ比べて勝ち負けを決める催し。
平安時代の後半からは題詠が主流になる。題詠の歌は、実際の体験ではなく、題の趣をどう表すかを工夫して詠まれている。

3. 連歌

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ

連歌は、五七五(長句)と七七(短句)を、数人で代わる代わる詠み継ぐものです。百句まで続ける「百韻」が基本の形でした。
宗祇たちの水無瀬三吟百韻は、次のように始まります。

句 作者 水無瀬三吟百韻の本文
発句 宗祇 雪ながら山もと霞む夕べかな
脇 肖柏 行く水遠く梅にほふ里

連歌の「発句」「脇」「挙句」とは、それぞれどの句のことか?

発句は最初の句(五七五)、脇は二番目の句(七七)、挙句は最後の句(七七)。
発句には、その場の季節の言葉(季語)と切れ字を入れる決まりがある。「挙句の果て」という言い方は、この挙句から来ている。

連歌の句は、前の句とどうつながり、全体としてどう進むか?

すぐ前の句と合わせて一つの場面を作り、その前の句の世界からは離れる。全体で一つの筋を追わず、場面を次々に変えていく。
同じ季節や話題が長く続かないように、細かい決まり(式目)がある。物語のように筋を追って読むものではない。

連歌を和歌と並ぶ文芸に高めた二条良基と、連歌を大成した宗祇は、それぞれどんな連歌集を編んだか?

二条良基は菟玖波集、宗祇は新撰菟玖波集。
どちらも勅撰和歌集に準じる扱いを受けた連歌集。二条良基は連歌の決まりをまとめ、連歌論の筑波問答も書いた。

4. 俳諧・川柳・狂歌

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-イ

俳諧は、もとは「俳諧の連歌」、つまり滑稽を旨とする連歌です。江戸時代に広まり、芭蕉が芸術として高めました。
芭蕉の時代には、三十六句で終える「歌仙」の形が多く使われました。

江戸時代の俳諧の 3 つの流れ(貞門・談林・蕉風)は、それぞれ誰が中心で、どんな作風か?

貞門は松永貞徳で、言葉のしゃれを楽しむ。談林は西山宗因で、奇抜で自由な詠みぶり。蕉風は松尾芭蕉で、静かで深い味わい(さび・しをり・軽み など)を求める。
貞門、談林、蕉風の順に現れた。井原西鶴も、もとは談林の俳諧師だった。

俳諧の発句に入れる決まりになっているものを 2 つ挙げ、「古池や蛙飛びこむ水の音」で確かめよ。

季語と切れ字。この句では、季語は蛙(春)、切れ字は「や」。
切れ字(や・かな・けり など)は、句をそこで言い切って間を作り、余韻を生む。発句だけを独立させたものが、明治時代以降「俳句」と呼ばれるようになった。

「川柳」と「狂歌」は、それぞれどんな形で、何を詠むか? 発句・和歌とどう違うか?

川柳は五七五で、季語も切れ字も要らず、人情や世の中を滑稽に、皮肉をこめて詠む。狂歌は五七五七七で、和歌の形を借りて滑稽やふざけを詠む。
川柳の名は、句を選んだ柄井川柳から来ている。(例)役人の子はにぎにぎをよく覚え(誹風柳多留)

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