同じ訓の字の使い分け
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
訓読では、もとの中国語では別の語である字に、同じ日本語の読み(訓)を当てることがあります。
書き下し文にすると同じ「すなはち」「また」になってしまうので、白文の字を見て意味を訳し分ける必要があります。
| 訓 | 字 | 主な意味・用法 |
|---|---|---|
| あり | 有 | 〜がある・〜を持つ(下に、あるものが来る) |
| あり | 在 | 〜にある・いる(下に、場所が来る) |
| ゆるす | 赦 | 罪や過ちをとがめない |
| ゆるす | 許 | 願いや申し出を聞き入れる |
| ゆるす | 容 | 受け入れる・大目に見る |
| すなはち | 則 | 〜ならば(そのときは)・〜は(対比) |
| すなはち | 即 | すぐに・とりもなおさず |
| すなはち | 乃 | そこで・やっと・なんと |
| すなはち | 便 | すぐに・そのまま |
| すなはち | 輒 | そのたびに |
| つひに | 遂 | そのまま・こうして・その結果 |
| つひに | 終・卒・竟 | 最後には・結局 |
| また | 又 | そのうえ・さらに |
| また | 亦 | 〜もまた(同じように) |
| また | 復 | もう一度・ふたたび |
| みる | 見・視・観・看 | 目に入る/注意して見る/広くながめる/見守る・ながめる |
| いふ | 言・曰・云・謂・道 | 述べる/(引用の前)/(引用の後)/告げる・呼ぶ/語る |
| ゆく | 行・往・之・適・如・逝 | 進む/向かう/〜へ行く/行って戻らない |
分かれ目は次の 3 つ。
- 「有」は下に「あるもの」、「在」は下に「場所」。語順が逆になる。
- 「すなはち」は字ごとに意味が違う。「則」は条件を受け、「即・便」は時間の近さ、「乃」は間や意外さ、「輒」はくり返しを表す。
- 「また」は、「亦」だけが上の語に「モ」を送る(〜も亦)。「復」はくり返し、「又」は付け加え。
1. 「あり」と「ゆるす」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ア
学習指導要領の解説が、用法が違う字の例として挙げているのが、「あり」の有・在と、「ゆるす」の赦・許・容です。
「あり」と読む「有」と「在」は、用法がどう違うか?
「有」は「(場所)に(もの)がある」で、下にあるものが来る。「在」は「(もの)が(場所)にある」で、下に場所が来る。
自作の例文で、白文:山有木。/書き下し:山に木有り。/訳:山に木がある。
白文:木在山。/書き下し:木は山に在り。/訳:木は山にある。
「国破山河在」を書き下して訳すと? この「在」が表しているのは?
国破れて山河在り(国の都は壊されたが、山や川はもとのままある)。
「在」は、あるものがそこに在り続けていることを表す。下に場所の語が無いときも、「どこかに・変わらずに存在している」意味になる。(杜甫「春望」)
「ゆるす」と読む「赦」「許」「容」は、それぞれ何をゆるすことか?
赦=罪や過ちをとがめずにおく。許=願いや申し出を聞き入れる。容=受け入れる・大目に見る。
現代語の熟語(赦免・許可・寛容)に、その違いが残っている。「釈」も「ゆるす」と読む(→ 漢文の重要語)。
2. 「すなはち」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ア
「すなはち」と読む字のうち、よく出る 5 つを訳し分けます。まず、条件を受ける「則」と、それ以外に分けます。
「すなはち」と読む「則」は、どんな働きをするか? 上の句の読み方の目印は?
上の条件を受けて「〜ならば(そのときは)」と結果へつなぐ。上の句の終わりを「〜レバ」「〜バ」と読むのが目印(レバ則)。
白文:用之則行、舎之則蔵。/書き下し:之を用ゐれば則ち行ひ、之を舎つれば則ち蔵る。/訳:用いられれば世に出て道を行い、捨てられれば引きこもる。(論語「述而」)
「すなはち」と読む「即」と「便」は、どういう意味か?
すぐに・ただちに(間を置かないこと)。「即」は「とりもなおさず・つまり」(A 即 B)の意味にもなる。
自作の例文で、白文:聞之即行。/書き下し:之を聞きて即ち行く。/訳:それを聞いてすぐに出かけた。
「すなはち」と読む「乃」は、どういう意味か? 「即」とどう違うか?
そこで・そこでやっと・なんと(意外にも)。「即」が間を置かないのに対して、「乃」は前の事がらを受けて一呼吸おいて次へ進む。
白文:項王乃大驚曰、〜/書き下し:項王乃ち大いに驚きて曰はく、〜/訳:項王はそこでたいそう驚いて言った。(史記「項羽本紀」)
「すなはち」と読む「輒」は、どういう意味か?
そのたびに・いつも(〜するたびごとに決まって)。
自作の例文で、白文:毎読書、輒忘食。/書き下し:書を読む毎に、輒ち食を忘る。/訳:書物を読むたびに、決まって食事を忘れる。
3. 「つひに」と「また」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ア
どちらも副詞で、動詞の前に置かれます。訳を「とうとう」「また」で済ませると字の違いが消えるので、訳し分けます。
「つひに」と読む「遂」と、「終・卒・竟」は、意味がどう違うか?
「遂」は「そのまま・こうして・その結果」(前の事がらから続いて次へ進む)。「終・卒・竟」は「最後には・結局」(最後の結果を言う)。
「終に〜ず」と打消が続けば「最後まで〜しない」。「遂」を「とうとう」と訳すと文脈に合わないことが多い。
「また」と読む「又」「亦」「復」は、意味がどう違うか?
又=そのうえ・さらに(付け加える)。亦=〜もまた(ほかと同じように)。復=もう一度・ふたたび(くり返す)。
白文:壮士一去兮不復還。/書き下し:壮士一たび去りて復た還らず。/訳:勇士はひとたび去れば、二度と帰っては来ない。(史記「刺客列伝」)
「亦」を訓読するとき、上の語の送り仮名に表れる目印は?
上の語に「モ」を送り、「〜も亦」と読む。
自作の例文で、白文:我亦知之。/書き下し:我も亦之を知る。/訳:私もまたそれを知っている。
「又」「復」は上の語に「モ」を送らない。
4. 「みる」「いふ」「ゆく」
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ア
動詞の同じ訓は、見方・言い方・行き方の違いを表します。対にして使われた文を見ると違いが分かります。
「視而不見、聴而不聞」を書き下して訳すと? 「視」と「見」の違いは?
視れども見えず、聴けども聞こえず(目を向けても見えず、耳を傾けても聞こえない)。
「視」は注意して目を向けること、「見」は目に入ること。「聴」と「聞」も同じ関係。(大学)
ほかに「観」は広くながめる、「看」は見守る・ながめるで、「看」は唐詩に多い。
「いふ」と読む「謂」の、主な 2 つの使い方は?
①「A に謂ひて曰はく」=人に向かって話しかける ②「A を B と謂ふ」=名づける・評する
白文:子謂顔淵曰、〜/書き下し:子顔淵に謂ひて曰はく、〜/訳:先生が顔淵に向かって言われた。(論語「述而」)
「曰」と「云」は、引用する言葉に対してどこに置かれることが多いか? 読みは?
「曰」は引用の前に置き「いはク」と読む。「云」は引用の後に置いて「〜と云ふ」と読むことが多い。
「曰はく」で始めた引用は、終わりに送り仮名「ト」を付けて閉じる。「云」は書物や人の言葉を引くとき(詩に云ふ)にも使う。「言」は口に出して述べること、「道」は語ることで、唐詩などに出る。
「ゆく」と読む「行」「往」「之・適・如」「逝」は、行き方がどう違うか?
行=歩く・進む。往=目的の所へ向かう(「来」の反対)。之・適・如=下に行き先を取り「〜に之く」。逝=行ったきり戻らない。
白文:逝者如斯夫、不舎昼夜。/書き下し:逝く者は斯くのごときか、昼夜を舎かず。/訳:過ぎ去っていくものはこの川の流れのようなものか、昼も夜もとどまらない。(論語「子罕」)