典故と引用
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
古典の作品は、それより前の作品や故事を知っている読み手に向けて書かれています。
作品が踏まえている故事や先行作品を典故といいます。典故に気づくと、短い言葉の後ろにもう 1 つの場面が重なって見えます。
| 技法 | 何を踏まえるか | どこに表れるか | 例 |
|---|---|---|---|
| 引き歌 | 古歌 | 物語・日記の地の文や会話 | 『源氏物語』須磨の「関吹き越ゆる」 |
| 本歌取り | 古歌 | 新しく詠む和歌 | 藤原定家の歌 |
| 漢詩文の引用 | 中国の詩や文章 | 随筆・物語・紀行 | 『枕草子』の「香炉峰の雪」 |
| 故事を踏まえる | 中国の歴史上の出来事 | 和歌・軍記・随筆 | 「夜をこめて」の歌の函谷関 |
分かれ目は次の 3 つ。
- 引き歌は散文の中、本歌取りは和歌の中。どちらも古歌を踏まえるが、表れる場所が違う。
- 引かれていない部分に、言いたいことがある。一部の語句から、もとの歌や詩の全体を思い起こす。
- 踏まえたものと、今の場面とを比べる。何が重なり、何が変えてあるかに、作者の工夫が表れる。
1. 典故の見つけ方と読み方
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-エ
学習指導要領の解説は、修辞の 1 つとして典故を挙げ、「文学作品が踏まえる故事や先行作品の使用」と説明しています。典故は本文に断り無く織り込まれることも多いので、まず気づくことが要ります。
気づいたら、もとの場面と今の場面を並べて、重なる所(言葉を費やさずに伝えている心情)と違う所(作者が場面に合わせて変えた所)を確かめます。
「典故」とは何か? 典故を踏まえると、どんな効果があるか?
文学作品が踏まえる、故事や先行作品。短い言葉で、もとの話や歌の場面と心情を、今の場面に重ねることができる。
読み手がもとの話を知っていることを前提にした表現である。
本文の中で、典故があることに気づく手がかりを挙げると?
① 「〜と言ひけむ」「〜の例(ためし)」「かの〜」のように、よそから引いたことを示す言い方、② 中国の人名・地名(楊貴妃・函谷関・香炉峰)、③ 地の文の中に、歌の一部らしい七音・五音の語句が混じる所。
教科書や入試の本文では、注に踏まえた歌や詩が示されることが多いので、注を先に読む。
2. 引き歌
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-エ
引き歌は、物語や日記の文章の中に古歌の一部を引いて、その歌の全体を思い起こさせる技法です。『源氏物語』に特に多く見られます。
「引き歌」とは何か? 本歌取りとどう違うか?
物語や日記などの散文の中に、古歌の一部を引いて、歌全体の内容を思わせる技法。
本歌取りは、新しく詠む和歌の中に古歌の語句を取り入れる技法。どちらも古歌を踏まえるが、引き歌は散文の中、本歌取りは和歌の中に表れる。
『源氏物語』須磨の巻の「行平の中納言の、関吹き越ゆると言ひけむ浦波」は、だれのどんな歌を引いているか? 引くことで何が重なるか?
在原行平の「旅人は袂涼しくなりにけり関吹き越ゆる須磨の浦風」を引いている。
行平もかつて須磨にわび住まいをした人なので、同じ須磨に退いた光源氏の姿に、行平の境遇が重なる。
『源氏物語』須磨の巻の「須磨には、いとど心づくしの秋風に」の「心づくしの秋」は、どんな歌を踏まえているか?
『古今和歌集』の「木の間より漏りくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり」(よみ人知らず)。
「心づくしの秋」は、あれこれと物思いをさせる秋、ということ。この一語で、秋の物思いを詠んだ古歌の気分を須磨の場面に呼び込んでいる。
『源氏物語』で、子を失った親や子を案じる親について「闇」「心の闇」と言うとき、どんな歌を踏まえているか?
藤原兼輔の「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰和歌集)。
親の心は闇ではないのに、子を思う道では迷ってしまう、という歌。桐壺の巻で、娘を亡くした母が「闇に暮れて臥し沈みたまへる」とあるのも、これを踏まえる。
『伊勢物語』の初段は、男の詠んだ歌「春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ限り知られず」について、どんな古歌を踏まえたものだと説明しているか?
「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに」(源融)。本文が「といふ歌の心ばへなり」と自分で明かしている。
着ていた狩衣のしのぶ摺りの模様から、心の乱れを詠んだ古歌を踏まえて、その場ですぐに詠んだことを「いちはやきみやび」とたたえている。
『土佐日記』は、阿倍仲麻呂の歌を「青海原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」という形で引いている。もとの歌の初句と、どこが違うか? なぜか?
もとの初句は「天の原」(百人一首の形)。『土佐日記』は、船の上で海から出る月を見ている場面に合わせて「青海原」としている。
日記や物語は、古歌をそのまま引くだけでなく、その場面に合う形にして引くことがある。
3. 漢詩文と故事を踏まえた表現
根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-エ
平安時代の貴族にとって、漢詩文は教養の土台でした。なかでも白居易の詩文集『白氏文集』は広く読まれ、物語や随筆に繰り返し踏まえられています。
『枕草子』で、中宮定子に「少納言よ、香炉峰の雪いかならむ」と問われた清少納言は、どうしたか? どんな詩句を踏まえたやりとりか?
格子を上げさせ、御簾を高く巻き上げた。白居易の詩句を踏まえている。
- 白文: 香炉峰雪撥簾看
- 書き下し文: 香炉峰の雪は簾を撥げて看る
- 現代語訳: 香炉峰の雪は、すだれをはね上げて眺める
定子は詩句の前半だけを問いにし、清少納言は後半を言葉でなく行動で答えた。
『源氏物語』桐壺の巻は、帝と桐壺の更衣の物語に、どんな漢詩を重ねているか?
白居易の「長恨歌」(唐の玄宗皇帝と楊貴妃の物語)。
本文に「楊貴妃の例も引き出でつべく」とあり、帝が更衣と交わした約束「翼を並べ、枝を交はさむ」は、次の句を踏まえる。
- 白文: 在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
- 書き下し文: 天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、地に在りては願はくは連理の枝と為らん
- 現代語訳: 天にあっては翼を並べて飛ぶ鳥となり、地にあっては枝のつながった木となろう
清少納言の「夜をこめて鳥のそら音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」(百人一首)は、どんな故事を踏まえているか? 歌の意味は?
『史記』の孟嘗君の故事。秦から逃げる孟嘗君の一行が、鶏の鳴きまねの上手な食客の働きで、夜明け前に函谷関を開けさせて通り抜けた。
歌は「夜の明けないうちに鶏の鳴きまねでだまそうとしても、函谷関はともかく、逢坂の関は決して通しません(あなたには逢いません)」ということ。
『おくのほそ道』の冒頭「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」は、どんな漢文を踏まえているか?
李白の「春夜宴桃李園序」の一節。
- 白文: 夫天地者万物之逆旅 光陰者百代之過客
- 書き下し文: 夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり
- 現代語訳: そもそも天地は万物を泊める宿屋であり、月日は永遠に旅を続ける旅人である
「光陰」を「月日」と言い換えて、時の流れそのものを旅人と見る考えを受け継いでいる。
『おくのほそ道』の平泉の章段で、芭蕉が口にする「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」は、どんな漢詩を踏まえているか? もとの詩とどこが違うか?
杜甫の「春望」。
- 白文: 国破山河在 城春草木深
- 書き下し文: 国破れて山河在り、城春にして草木深し
- 現代語訳: 都は破壊されたが山や河はもとのままにあり、町には春が来て草や木が深く茂っている
芭蕉は後半を「草青みたり」と変えて引いている。戦乱で荒れた都を嘆く杜甫の詩を、藤原氏三代の栄華の跡に重ねている。
『平家物語』の冒頭は、「おごれる人も久しからず」の実例として、まず「遠く異朝をとぶらへば」と何を挙げるか? そう書く理由は?
中国の歴史上の人物(秦の趙高、漢の王莽、梁の朱异、唐の禄山)。そのあとに日本の人物を挙げ、最後に平清盛へと話を進める。
中国の故事を先例として引くことで、これから語る平家の滅亡が、昔から変わらない道理に当てはまることを示している。