みならいノート

古典探究 2027年度版

会話文と心内語

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

0. どういうまとまりか

古文のもとの本には、かぎかっこがありません。教科書の「 」は、あとの時代の人が読みやすいように付けたものです。
かっこの付いていない本文では、どこからどこまでがだれのことばかを自分で決めなければなりません。
人のことばを地の文の中に引くときは、引いたことばを先に置き、あとから「と」で受けるのが日本語の語順です。だから、終わりは見つけやすく、始まりは見つけにくくなります。

種類 どういうことばか 終わりの目印 中に出やすいもの
会話文 声に出して相手に言ったことば 「と」「とて」「など」+言ふ・のたまふ・申す 丁寧語、呼びかけ、命令、問いかけ
心内語 声に出さず心の中で思ったことば 「と」「とて」「など」+思ふ・思す・おぼゆ 意志・願望・推量。丁寧語はふつう出ない
手紙文 書いて相手に送ったことば 「と」+書く・あり 丁寧語、会話文と同じ敬語の使い方

分かれ目は次の 3 つ。

1. 終わりを見つける

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ

引用の格助詞「と」は、その上までが引いたことばであることを示します。
「とて」は「と言ひて」「と思ひて」にあたり、あとに動詞が無くても引用を受けられます。

かぎかっこの無い古文で、会話文や心内語の終わりを見つける目印になる語は?

引用を受ける「と」「とて」「など」。その直前までが、引かれたことばである。
あとに「言ふ」「のたまふ」「思ふ」などの動詞が続くことが多い。

引用を受ける「とて」は、どう訳すか? 上のことばは会話文か、心内語か?

「と言って」または「と思って」。会話文のことも心内語のこともあるので、場面から決める。
相手に向けて声に出していれば「と言って」、心の中で考えているだけなら「と思って」。前に「いふやう」「思ふやう」のような語があれば、それに合わせる。

『伊勢物語』の「京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きけり。」で、「とて」が受けていることばはどこからどこまでか?

「京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めに」。男の心内語。
京にはいるまい、東国のほうに住むのによい国を探しに(行こう)と思って、出かけた。「じ」の打消意志が、男自身の思いであることを示している。

例文「『とく参れ。』など言ふ。」の「など」は、どういう働きか?

引用を受ける働き(〜などと)。
「など」は「なにと」からできた語とされ、「と」を伴わずに引用を受けられる。ことばをそのとおりでなく、おおよそ示す言い方になる。

2. 始まりを見つける

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ

始まりには、決まった目印の語がある場合と、無い場合があります。
無い場合は、終わりの「と」から前へ読み返し、地の文の言い方から人のことばの言い方に変わるところを探します。

会話文や心内語の始まりを示す、決まった言い方は?

「〜いはく」「〜いふやう」「〜のたまふやう」「〜思ふやう」。その直後からことばが始まる。
「言うことには」「思うことには」と訳す。終わりは、あとに出てくる「と」「とて」で受ける。

『竹取物語』の「翁いふやう、我、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となり給ふべき人なめり、とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。」(かぎかっこを外してある)で、翁のことばはどこからどこまでか?

「我、朝ごと」から「人なめり」まで。
「いふやう」の直後から始まり、「とて」の直前で終わる。途中の「知りぬ。」で文は切れているが、ことばは続いている。

始まりの目印が無いとき、会話文の始まりはどうやって探すか?

終わりの「と」から前へさかのぼり、人のことばらしい言い方が始まるところを探す。
手がかりは、呼びかけ・感動詞(いざ・あな・いで)、一人称(我・まろ)、丁寧語(侍り・候ふ)、命令形や問いかけ。そこより前が地の文として続くかも確かめる。

3. 会話文の中を読む

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ

会話文の中は、話し手から見た世界です。主語と述語の照応も、話し手を基準に考え直します。
だれが話しているかは、「と」の下の動詞と、会話の流れから決めます。

会話文の中の「我」「まろ」や、意志の「む」、命令形は、それぞれだれの動作を示すか?

「我」「まろ」と意志の「む」は話し手、命令形は聞き手の動作。
会話文の中で主語が無い文は、まず話し手自身のことか、聞き手のことかを考える。

会話文の話し手を決める手順は?

「と」の下の動詞を見る(のたまふ=身分の高い人、申す=身分の高い人に向かって言う人)。次に、会話の中の敬語と呼びかけで相手を確かめる。2 人のやりとりなら、話し手は交互に替わることが多い。
どれも目安なので、補って訳して前後と合うかを確かめる。

丁寧語「侍り」「候ふ」が出てきたら、地の文と会話文のどちらである見当をつけるか?

会話文か手紙文である見当をつける。
丁寧語は聞き手・読み手を高める語なので、相手に向けたことばに多い。ただし、読者に語りかける地の文に出ることもあるので、これだけでは決めない。

4. 心内語と手紙文

根拠: 学習指導要領 古典探究-(1)-ウ

心内語は、心の中で思ったことを、会話文と同じ形で地の文に引いたものです。聞き手がいないので、丁寧語はふつう使われません。
手紙文は、書き手から読み手へのことばで、敬語の使い方は会話文と同じです。

心内語とは何か? 会話文と見分ける目印は?

声に出さず、心の中で思ったことば。「と」の下が「思ふ」「思す」「おぼゆ」「見る」などになる。
会話文なら「言ふ」「のたまふ」「申す」などが続く。心内語には、聞き手を高める丁寧語がふつう出ない。

『宇治拾遺物語』の「さりとて、し出ださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて、片方に寄りて、」の心内語はどこか?

「さりとて、し出ださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむ」。児の心内語。
そうかといって、作りあげるのを待って寝ないでいるのも、きっとよくないだろう。「と思ひて」の直前までが思ったことば。

『徒然草』で仁和寺の法師が言うことば「神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」の中に、心内語はあるか?

ある。「神へ参るこそ本意なれ」が、法師がそのとき心の中で思ったことば。
会話文の中に、さらに心内語が入っている。神にお参りすることこそが目的だと思って、山の上までは見ない。外側は「とぞ言ひける」で受ける会話文。

手紙文は、どういう目印で見つけるか? 中の敬語はどう読むか?

「御文に」「〜と書きたり」「〜とあり」などの語で見つける。敬語は会話文と同じく、書き手から読み手への敬意として読む。
手紙の中の「我」は書き手、丁寧語は読み手を高める。

このノートの 14 問を、暗記カードで復習できます

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