老荘思想と諸子百家
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「倫理」A (1) ア (イ) の「幸福,愛,徳などに着目して,…様々な人生観について理解すること」。
儒家と同じ時代に、儒家を批判して現れた道家(老子・荘子)、墨家、法家の思想を扱います。
0. 何を押さえるか
春秋・戦国時代の中国では、乱世をどう治め、人はどう生きるべきかをめぐって、多くの思想家が現れました(諸子百家)。
儒家が仁と礼という人の作った道徳を説いたのに対し、老子と荘子は、人の作為を捨てて自然のままに生きることを説きました。
| 道家(老子・荘子) | 墨家(墨子) | 法家(韓非子) | |
|---|---|---|---|
| 中心の考え | 道・無為自然 | 兼愛・非攻 | 法治主義・信賞必罰 |
| 儒家への批判 | 仁義は道が失われたから生まれた作為 | 仁は身内を優先する差別的な愛 | 徳だけでは国は治まらない |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 老子の道は、儒家の道とちがう。儒家の道は人の守るべき道徳、老子の道は名づけようのない万物の根源
- 老子は柔弱謙下と小国寡民、荘子は万物斉同と真人。同じ道家でも、老子は生き方と政治、荘子は個人の心の自由に重心がある
- 兼愛は墨子、法治主義は韓非子。韓非子は荀子の性悪説を受け継いだ
1. 諸子百家と老子
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(イ)
老子は、人がことさらに何かをしようとする作為こそが争いを生むと考え、
何もしないようでいて万物を生かしている「道」に従って生きることを説いたとされます。
春秋・戦国時代の中国に現れ、乱世の治め方や人の生き方を説いた多くの思想家・学派をまとめて何という?
諸子百家
儒家・道家・墨家・法家のほか、名家・陰陽家・兵家などがあった。
老子が、万物を生み出し、はたらかせている根源で、名づけることも言葉で言い表すこともできないとしたものを何という?
道(タオ)
儒家の「道」(人の守るべき道徳)とは意味がちがう。
人為的な作為を捨て、道のはたらきにまかせて、ありのままに生きることを何という?
無為自然
老子の生き方と政治の、両方の理想とされる。
老子が、水のように柔らかく弱く、へりくだって人と争わない生き方を理想としたことを何という?
柔弱謙下
水は低い所に流れて争わないが、あらゆるものを潤し、硬いものにも勝つ、とたとえた。
「大道廃れて仁義あり」という老子の言葉は、儒家の仁義をどう見ているか?
本来の道が失われたからこそ、仁義という人為的な道徳が必要になったと見ている
仁義を説くこと自体が、道が失われたしるしだとして儒家を批判した。
老子が理想とした、国の規模が小さく人口も少なく、人々が素朴に自足して暮らす社会を何という?
小国寡民
文明や知識が増えるほど、欲望と争いが増えると考えた。
2. 荘子 — 万物斉同
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(イ)
荘子は老子の思想を受け継ぎ、善悪・美醜・是非といった区別は人間の立場から見た相対的なものにすぎないと説きました。
自分が蝶になった夢を見て、自分が蝶の夢を見たのか蝶が自分の夢を見ているのか分からない、という「胡蝶の夢」の話が知られています。
あらゆる区別や対立は人間がつくり出した相対的なもので、道から見れば万物は等しい、という荘子の考えを何という?
万物斉同
生と死の区別さえも、道から見れば一つの変化にすぎないとした。
荘子が理想とした、あらゆる区別や束縛から自由になり、道と一体となって生きる人を何という?
真人
そのような自由な境地に心を遊ばせることを逍遥遊という。
荘子が説いた、心を空しくし、自分の身体や知識さえ忘れて道と一体になるための修養を何という?
心斎坐忘
老子と荘子の思想をあわせて老荘思想と呼び、のちに民間信仰と結びついた道教にも取り入れられたとされる。
3. 墨家と法家
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(イ)
墨子は、身内を優先する儒家の愛を批判して、すべての人を分け隔てなく愛することを説きました。
韓非子は、人の本性は利己的だとする荀子の考えを受け継ぎ、徳ではなく法と刑罰で国を治めるべきだとしました。
墨子が説いた、自分の親や身内だけでなく、すべての人を分け隔てなく愛することを何という?
兼愛
儒家の仁は身内を優先する差別的な愛(別愛)だと批判した。
墨子が説いた、他国への侵略戦争を否定する考えを何という?
非攻
兼愛を国と国の関係に広げたもの。倹約を説く節用も墨子の主張。
荀子の性悪説を受け継ぎ、法と賞罰によって国を治めるべきだと説いた法家の思想家は?
韓非子
法を明らかにし、功績には必ず賞を、罪には必ず罰を与える(信賞必罰)という法治主義を説いた。秦の統一に影響を与えた。