実存主義
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「倫理」A (1) ア (エ) の「真理,存在などに着目して,世界と人間の在り方について思索するための手掛かりとなる様々な世界観について理解すること」。
ここでは、一般的な「人間とは何か」ではなく、いまここに生きているこの私(実存)の在り方から真理を問い直した思想を扱います。
0. 何を押さえるか
19 世紀、近代の合理主義や大衆社会の中で、人間が平均化され、主体性を失っていくことへの危機感から生まれた思想です。
共通するのは「普遍的な人間の本質」より先に「かけがえのない個人の存在」を置くことで、思想家ごとに、その私がどう本来の自分を取り戻すかの道筋が違います。
| 思想家 | 時代・国 | 鍵になる言葉 | 主著 |
|---|---|---|---|
| キルケゴール | 19 世紀・デンマーク | 主体的真理、実存の三段階、単独者 | 『あれか、これか』『死に至る病』 |
| ニーチェ | 19 世紀・ドイツ | 神は死んだ、ニヒリズム、力への意志、超人、永劫回帰 | 『ツァラトゥストラはこう語った』 |
| ヤスパース | 20 世紀・ドイツ | 限界状況、実存的交わり、包括者 | 『哲学』 |
| ハイデッガー | 20 世紀・ドイツ | 世界内存在、ひと(ダス・マン)、死への存在 | 『存在と時間』 |
| サルトル | 20 世紀・フランス | 実存は本質に先立つ、自由の刑、アンガージュマン | 『存在と無』 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 神との関係が逆。キルケゴールとヤスパースは神(超越者)の前に立つ有神論的な実存主義、ニーチェ・ハイデッガー・サルトルは神を前提にしない
- 「限界状況」はヤスパース、「死への存在」はハイデッガー。どちらも死を扱うが、ヤスパースは挫折を通して超越者に出会うこと、ハイデッガーは自分の死を先取りして本来の自己に立ち返ることを言う
- 「実存は本質に先立つ」はサルトル。ペーパーナイフのように用途(本質)が先に決まった物と違い、人間はまず存在し、自分で自分をつくる
1. キルケゴール — 主体的真理と単独者
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(エ)
キルケゴールは、ヘーゲルのように世界全体を体系で説明する哲学は、この私がどう生きるかに答えてくれないと考えました。
キルケゴールが求めた、「私にとって真理であるような真理、私がそのために生き、死にたいと思うような理念」を何という?
主体的真理
誰にでも当てはまる客観的な真理ではなく、自分が生き方をかけて選び取る真理。
キルケゴールの「実存の三段階」を、低い段階から順に挙げると?
美的実存・倫理的実存・宗教的実存
快楽を追う美的実存は倦怠と絶望に、義務に生きる倫理的実存は自らの無力の自覚に行き詰まり、最後に神の前に単独者として立つ宗教的実存に至る。
キルケゴールが『死に至る病』で「死に至る病」と呼んだものは何か?
絶望
絶望を通して、人は神の前にただひとり立つ単独者として、本来の自己に向き合うとした。
2. ニーチェ — 神の死と超人
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(エ)
ニーチェは、キリスト教とそれに支えられた道徳が力を失い、最高の価値が崩れていく時代を見つめました。
「神は死んだ」と宣言したニーチェは、それまでの最高の価値が意味を失った状態を何と呼んだか?
ニヒリズム(虚無主義)
ニーチェは、ニヒリズムから目をそむけず、それを徹底して乗り越えることを説いた。
ニーチェが、キリスト教道徳の根にあるとした、弱者が強者に抱く恨みや妬みを何という?
ルサンチマン
弱者は強者を「悪」、自分たちを「善」とすることで恨みを晴らしてきた。この道徳を奴隷道徳と呼んだ。
同じことが永遠にくり返されるという世界のあり方を何といい、それを受け入れて生きる理想の人間像をニーチェは何と呼んだか?
世界のあり方 = 永劫回帰、理想の人間像 = 超人
超人は、生を高めようとする力への意志を体現し、運命を愛して(運命愛)自ら新しい価値を創造する者とされる。
3. ヤスパースとハイデッガー — 限界状況と死への存在
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(エ)
20 世紀のドイツでは、2 人の哲学者が、人間が避けられない状況や死と向き合うことから実存を考えました。
死・苦悩・争い・罪のように、人間の力では乗り越えられない壁を、ヤスパースは何と呼んだか?
限界状況
限界状況で挫折することで、人は自分を支える包括者(超越者)に出会い、本来の実存に目覚めるとした。
ヤスパースが、真の実存に至った者どうしが、互いに誠実に問いかけ合う関わりを何と呼んだか?
実存的交わり
その交わりは、相手を認めつつ真剣に争う「愛しながらの戦い」とされる。
ハイデッガーが『存在と時間』で、人間(現存在)を、世界の中で物や他者と関わりながら生きている者として捉えた言葉は?
世界内存在
ハイデッガーは、「存在とは何か」を問うことのできる人間を現存在(ダーザイン)と呼んだ。
ハイデッガーによれば、日常の中で世間に埋没し、誰でもない「ひと(ダス・マン)」として生きる人間は、何を自覚することで本来の自己を取り戻すか?
自分がいつか必ず死ぬ死への存在であること
自分の死を先取りして引き受けることで、人は自分だけのかけがえのない生き方に立ち返る。
4. サルトル — 実存は本質に先立つ
根拠: 学習指導要領 倫理-A-(1)-ア-(エ)
第二次世界大戦後のフランスで、サルトルは実存主義を、社会に向けて行動する思想として広めました。
「実存は本質に先立つ」とサルトルが言うとき、人間はどのような存在だとされるか?
人間はまず存在し、そのあとで自分が何者であるかを自分でつくっていく存在
人間の本質をあらかじめ定める神はいない(無神論的実存主義)ので、人間はみずからつくるものにほかならない。
サルトルが、人間は自由であることから逃れられず、選んだことすべてに責任を負うことを表して言った言葉は?
「人間は自由の刑に処せられている」
自分の選択は、人間とはこうあるべきだという像を全人類に示すことにもなるので、その責任は全人類に及ぶとした。
サルトルが説いた、社会や政治の状況に自ら関わり、自分を拘束しながら状況をつくり変えていくことを何という?
アンガージュマン(社会参加・自己拘束)
サルトル自身も戦後の政治運動に積極的に関わった。パートナーのボーヴォワールは『第二の性』で、女性らしさは社会がつくったものだと論じた。