幕府の政治改革
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領 歴史的分野 B 近世までの日本とアジア (3) 近世の日本 ア (エ)「幕府の政治の展開」のうち、社会の変動と幕府の政治改革。
0. どういう論点か
幕府の収入は年貢、つまり米でした。ところが商業が伸びると、世の中の支払いはお金で回るようになり、
米の値打ちは上がらないのに物の値段は上がって、幕府も武士も苦しくなります。
農村にもお金が入り込み、土地を手放して貧しくなる百姓と、土地を集めて豊かになる百姓とに分かれました。
江戸時代の改革は、どれもこの変化にどう向き合ったかで比べられます。
米と倹約で立て直そうとした改革(享保・寛政・天保)と、商業の力を利用しようとした政治(田沼)に分けると、取り違えにくくなります。
| 政治 | 中心人物 | 時期 | 主な政策 |
|---|---|---|---|
| 享保の改革 | 8 代将軍 徳川吉宗 | 18 世紀前半 | 上げ米の制・公事方御定書・目安箱 |
| 田沼の政治 | 老中 田沼意次 | 18 世紀後半 | 株仲間を奨励・長崎貿易を拡大 |
| 寛政の改革 | 老中 松平定信 | 18 世紀末 | 米の蓄え(囲米)・旗本の借金帳消し・朱子学以外を禁止 |
| 天保の改革 | 老中 水野忠邦 | 19 世紀前半 | 株仲間を解散・倹約の徹底 |
引っかけの分かれ目は次の 3 つ。
- 株仲間を奨励したのは田沼意次、解散させたのは水野忠邦
- 享保の改革は将軍自身(吉宗)、寛政・天保は老中(定信・忠邦)
- 百姓一揆は農村の百姓、打ちこわしは都市の人々(打ちこわしの相手は米屋や大商人)
1. 綱吉の政治と享保の改革
根拠: 学習指導要領 歴-B-(3)-ア-(エ)
極端な動物保護を命じた生類憐みの令を出した 5 代将軍は?
徳川綱吉
学問(朱子学)を重んじる政治を行った。貨幣の質を落として発行量を増やしたため、物価が上がった。
18 世紀前半に享保の改革を行った 8 代将軍は?
徳川吉宗
米の値段の安定に努めたので「米将軍」とも呼ばれた。
享保の改革で、大名に米を納めさせるかわりに、参勤交代で江戸にいる期間を半年に縮めた制度は?
上げ米の制
幕府の収入を補うための一時的な策。あわせて新田開発も進めた。
享保の改革で定められた、裁判や刑罰の基準となる法律は?
公事方御定書
裁判を公正に、早く行うためのきまり。
享保の改革で、庶民の意見を聞くために江戸の評定所の前に置いた箱は?
目安箱
投書から、貧しい人のための病院(小石川養生所)がつくられた。
2. 田沼意次の政治
根拠: 学習指導要領 歴-B-(3)-ア-(エ)
18 世紀後半、商人の力を利用して幕府の財政を立て直そうとし、株仲間の結成を奨励した老中は?
田沼意次
株仲間から税を取り、長崎貿易も広げた。わいろが広まったとの批判と、天明のききんによる社会の混乱のなかで失脚した。
3. 寛政の改革と天保の改革
根拠: 学習指導要領 歴-B-(3)-ア-(エ)
田沼意次のあと、寛政の改革を行った老中は?
松平定信
白河藩(福島県)の藩主として、ききんの対策で成果をあげていた。
寛政の改革で、ききんに備えるために大名や村に行わせたことは?
米を蓄えさせた(囲米)
あわせて、江戸に出てきた農民を村に帰らせ、旗本・御家人の借金を帳消しにした。
寛政の改革で、幕府の学校で教えることを許された学問は?
朱子学
身分の上下の秩序を重んじる学問として幕府が重視した。ほかの学問は幕府の学校で教えることを禁じた。
19 世紀前半に天保の改革を行った老中は?
水野忠邦
倹約を命じ、ぜいたく品や派手な風俗を取り締まった。改革は反対が強く、2 年あまりで失敗した。
天保の改革で、物価を下げるために水野忠邦が行った株仲間への政策は?
株仲間を解散させた
株仲間が値段をつり上げていると考えた。田沼意次が奨励したのと逆の政策。
4. 社会の変化と一揆・打ちこわし
根拠: 学習指導要領 歴-B-(3)-ア-(エ)
年貢の軽減や代官の交代などを求めて、百姓が集団で領主に訴えた行動を何という?
百姓一揆
ききんの年に多く起こった。からかさ連判状のように、中心人物がわからないよう円形に署名することもあった。
米の値段が上がったときなどに、都市の人々が米屋や大商人の家を壊した行動を何という?
打ちこわし
農村の百姓一揆と区別する。天明のききんや天保のききんのころに多発した。
19 世紀に、大商人や地主が工場に人を集め、分業で製品をつくらせた生産のしかたを何という?
工場制手工業(マニュファクチュア)
大阪周辺や尾張の綿織物などで見られた。それ以前の、道具や原料を貸して家で作らせる問屋制家内工業から進んだ形。