徒然草
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
出家した作者が、身の回りのできごとや人の生き方について思ったことを、短い章段で書きつづった随筆です。
失敗談を書いて最後に教訓を添える章段が多く、教科書にもよく載ります。
| 項目 | 中身 |
|---|---|
| 種類 | 随筆 |
| 時代 | 鎌倉時代末期 |
| 作者 | 兼好法師(吉田兼好) |
| よく読まれる章段 | 序段「つれづれなるままに」、「仁和寺にある法師」 |
三大随筆:
| 作品 | 作者 | 時代 |
|---|---|---|
| 枕草子 | 清少納言 | 平安時代中期 |
| 方丈記 | 鴨長明 | 鎌倉時代初期 |
| 徒然草 | 兼好法師 | 鎌倉時代末期 |
分かれ目は次の 3 つ。
- 兼好法師は男性の僧。同じ随筆でも、清少納言(女性・宮仕え)と取り違えない。
- 三大随筆の中で最も新しい(鎌倉時代末期)。
- 序段の結びは「こそ〜けれ」の係り結び(あやしうこそものぐるほしけれ)。
1. 作品と序段
根拠: 学習指導要領 国2-(3)-イ
序段の原文:
つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
現代語訳(このパックの訳):
することもなく退屈なのにまかせて、一日中、硯に向かって、心に浮かんでは消えていくとりとめもないことを、何ということもなく書きつけていると、妙に気持ちが高ぶってくることだ。
『徒然草』の作者と、作品の種類は?
兼好法師(吉田兼好)、随筆
鎌倉時代末期の作品。
日本の三大随筆とされる 3 つの作品と、その作者は?
枕草子(清少納言)・方丈記(鴨長明)・徒然草(兼好法師)
成立は枕草子が平安時代、方丈記と徒然草が鎌倉時代。
『徒然草』の序段「つれづれなるままに、」に続く言葉は?
日暮らし、硯にむかひて、
「日暮らし」は一日中、の意味。
「つれづれなり」の意味は?
することがなく退屈なさま・手持ちぶさたなさま
作品名の「徒然」もここから。
「心にうつりゆくよしなしごと」の「よしなしごと」の意味は?
とりとめもないこと・つまらないこと
序段の結び「あやしうこそものぐるほしけれ」で、文末が「けれ」になっているのはなぜか?
係りの助詞「こそ」を受けて、已然形で結んでいるから(係り結び)。
「ものぐるほし」の已然形が「ものぐるほしけれ」。
「あやしうこそものぐるほしけれ」の「あやしう」の読みは?
あやしゅう
「しう」を「しゅう」と読む。
2. 仁和寺にある法師
根拠: 学習指導要領 国2-(3)-イ
原文(冒頭):
仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩よりまうでけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
現代語訳(このパックの訳):
仁和寺にいたある僧が、年をとるまで石清水八幡宮にお参りしたことがなかったので、情けなく思って、あるとき思い立って、たった一人で、歩いてお参りした。極楽寺や高良などを拝んで、これだけだと思い込んで帰ってしまった。
法師は、山の上にある本社を拝まずに帰ってしまいます。後で仲間に「皆が山へ登っていたが、何があるのだろう」と話し、
兼好は最後に教訓を添えています。
「仁和寺にある法師」で、法師は何をしくじったのか?
石清水八幡宮の本社が山の上にあることを知らず、ふもとの極楽寺・高良だけを拝んで帰ってしまった。
「仁和寺にある法師」の最後に、兼好が書いた教訓の一文は?
少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
ちょっとしたことにも、その道の案内者はあってほしいものだ。
「先達はあらまほしき事なり」の「先達」「あらまほし」の意味は?
先達=案内者・指導者、あらまほし=あってほしい
「徒歩よりまうでけり」の「まうづ」の読みと意味は?
もうず(まうでけり=もうでけり)、参詣する・お参りする
「まう」は「もう」と読む。