みならいノート

世界史探究 2027年度版

遊牧国家と魏晋南北朝

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」B (3) ア (ア) の「秦・漢と遊牧国家,唐と近隣諸国の動向などを基に,東アジアと中央ユーラシアの歴史的特質を理解すること」。
このノートでは、中央ユーラシアの草原に生まれた遊牧国家と、漢の滅亡後に中国が分裂した魏晋南北朝時代を扱います。

0. 何を押さえるか

中央ユーラシアの草原では、騎馬の技術をもつ遊牧民が強力な国家をつくり、農耕地帯の中国と、戦いと交易の両面で関わり続けました。
漢が滅ぶと中国は約 370 年にわたって分裂し、華北には遊牧民が次々に国を建てます。この混乱のなかで、隋・唐に受け継がれる制度や、仏教の広がりが生まれました。

華北(北朝) 江南(南朝)
担い手 五胡の諸国 → 鮮卑の北魏が統一(439 年) 東晋 → 宋・斉・梁・陳
都 北魏は平城 → 洛陽 建康(いまの南京)
制度 均田制・三長制(北魏) 九品中正のもとで門閥貴族が力をもつ
文化 雲崗・竜門の石窟寺院 貴族の文化(王羲之の書、陶淵明の詩)

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 遊牧国家の興隆と匈奴

根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(3)-ア-(ア)

馬に乗って家畜を追う騎馬遊牧民は、機動力のある軍事力をもち、部族をまとめて強大な遊牧国家をつくりました。
農耕地帯からは穀物や絹を手に入れ、戦いだけでなく交易でも周辺と結びついていました。

黒海北岸の草原で活動し、最初の騎馬遊牧民とされる人々は?

スキタイ

独特の動物の文様をもつ金属器などの文化は、草原を通じて東方にまで伝わった。

前 3 世紀末、匈奴を強大にし、漢の高祖(劉邦)の軍をやぶった君主は?

冒頓単于

高祖は敗れたのち、匈奴に毎年絹などを贈る和親策をとった。

遊牧国家が農耕地帯の国家と深く結びついたのはなぜか?

遊牧だけでは穀物や絹などの生活物資がまかなえず、略奪や交易、贈り物によってそれを手に入れたから

戦いと交易の両面の関係が、中央ユーラシアと中国の歴史を貫いている。

前漢の武帝の攻撃ののち、匈奴はどうなったか?

勢力が衰え、内紛で分裂した(1 世紀には南北に分かれ、南匈奴は漢に従った)

北方では、のちに鮮卑などが力を伸ばした。

2. 三国から晋へ

根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(3)-ア-(ア)

後漢が滅ぶと、魏・呉・蜀の三国が分立しました。魏を継いだ晋(西晋)がいったん統一しますが、内乱で弱まり、遊牧民の進入を招きます。

220 年、後漢に代わって華北に魏を建てた人物は?

曹丕(曹操の子)

同じころ、四川に劉備が蜀を、江南に孫権が呉を建てて三国時代となった。

魏で始まった、中正官が人物を 9 等級に評価して役人に推薦する官吏登用法は?

九品中正(九品官人法)

実際には有力な家柄の者が高い等級を得たため、「上品に寒門なく、下品に勢族なし」と言われ、門閥貴族が生まれた。

西晋の内乱(八王の乱)ののち華北に進入し、次々に国を建てた 5 つの民族をまとめて何という?

五胡(匈奴・鮮卑・羯・氐・羌)

316 年に西晋は滅び、一族が江南の建康で東晋を建てた。華北は五胡十六国の時代となる。

3. 北魏と南朝

根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(3)-ア-(ア)

鮮卑の拓跋氏が建てた北魏が 439 年に華北を統一し、江南の王朝と対立する南北朝時代となりました。

北魏の孝文帝が始めた、国家が農民に土地を割り当てて税を納めさせる土地制度は?

均田制

戦乱で荒れた土地を耕させ、税を確保するのがねらいだった。隋・唐に受け継がれ、日本の班田収授法の手本にもなった。

北魏の孝文帝が進めた漢化政策の内容は?

都を平城から洛陽に移し、鮮卑の服装や言葉を禁じて、漢人の制度や文化を取り入れた

遊牧民の王朝が農耕地帯を治めるための改革だったが、これに反発する動きがのちの北魏の分裂の一因になった。

江南で東晋のあとに続いた 4 つの王朝(南朝)を順に挙げると?

宋・斉・梁・陳

いずれも建康を都とした。江南の開発が進み、門閥貴族による文化が栄えた。

4. 仏教の広がり

根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(3)-ア-(ア)

仏教は漢代に西域から伝わり、戦乱の続く魏晋南北朝時代に広く信仰されるようになりました。とくに華北の遊牧民の王朝が保護しました。

西域から長安に来て、多くの仏典を漢語に訳した僧は?

鳩摩羅什

西域から来て華北で布教した仏図澄とあわせて、外から仏教を伝えた僧として押さえる。

東晋の時代、仏典を求めて陸路でインドに行き、海路で帰国して『仏国記』を著した僧は?

法顕

インドのグプタ朝の時代に訪れた。中国からインドへ向かった僧である点で、鳩摩羅什と向きが逆。

北魏の時代に造られた石窟寺院を 2 つ挙げると?

雲崗(平城の近く)と竜門(洛陽の近く)

都が平城から洛陽に移ったことに対応している。インドや中央アジアの仏教美術の影響が見られる。

このノートの 13 問を、暗記カードで復習できます

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