みならいノート

世界史探究 2027年度版

第二次世界大戦の展開

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学習指導要領「世界史探究」D (4) ア (イ) の「第二次世界大戦の展開と大戦後の国際秩序,冷戦とアジア諸国の独立の始まりなど」のうち、前半の「第二次世界大戦の展開」。思考の面では、大戦中の連合国による戦後構想と大戦後の国際秩序との関連を考察することが求められています。

0. 何を押さえるか

第二次世界大戦は、1939 年にヨーロッパで始まり、1941 年の独ソ戦と太平洋戦争で世界規模の戦争になりました。戦争の途中から、連合国の首脳は会談を重ねて戦後の構想を話し合いました。

会談・宣言 年 参加した首脳 主な内容
大西洋憲章 1941 ローズヴェルト・チャーチル 領土の不拡大、民族自決、戦後の平和機構
カイロ会談 1943 ローズヴェルト・チャーチル・蔣介石 日本の無条件降伏まで戦う、日本の占領地の処理
テヘラン会談 1943 ローズヴェルト・チャーチル・スターリン 北フランスへの上陸作戦(第二戦線)
ヤルタ会談 1945 ローズヴェルト・チャーチル・スターリン ドイツの戦後処理、ソ連の対日参戦
ポツダム会談 1945 トルーマン・チャーチル(途中からアトリー)・スターリン ドイツの戦後処理、日本に降伏を求める宣言

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. ヨーロッパの戦争

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

ポーランドを分割したあと、ドイツは 1940 年に西ヨーロッパへ攻め込み、短期間でフランスを降伏させました。1941 年には不可侵条約を破ってソ連に侵攻します。

1940 年、ドイツに降伏したフランスで、南部を統治した対独協力の政府は?

ヴィシー政府(ペタンが首班)

北部はドイツが占領した。国外ではド=ゴールがロンドンに亡命政府(自由フランス)をつくり、国内ではレジスタンスと呼ばれる抵抗運動が続いた。

1940 年、ドイツの空襲に耐えて抗戦を続けたイギリスの首相は?

チャーチル

ドイツはイギリス本土上陸をめざして激しい空襲を行ったが、制空権を得られず上陸を断念した。

1941 年 3 月、アメリカが参戦前に、イギリスなどへ武器を送れるようにした法律は?

武器貸与法

アメリカは参戦しないまま、ファシズムと戦う国々を支える「民主主義の兵器廠」となった。

1941 年 6 月、ドイツが不可侵条約を破って始めた戦争は?

独ソ戦

イギリスとソ連は手を結び、アメリカもソ連に武器を送った。1942〜43 年のスターリングラードの戦いでドイツ軍が敗れ、戦局が転換した。

2. 太平洋戦争

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

日中戦争が長引くなか、日本は資源を求めて東南アジアへ進出し、アメリカ・イギリスとの対立を深めました。1941 年 12 月、日本は米英に対して開戦します。

1940 年、日本・ドイツ・イタリアが結んだ軍事同盟は?

日独伊三国同盟

同じ年、日本はフランス領インドシナの北部に軍を進めた。翌 1941 年には日ソ中立条約を結び、南部仏印にも進駐した。

1941 年 12 月、日本がアメリカ・イギリスに対して戦争を始めたときの軍事行動は?

ハワイの真珠湾への攻撃と、イギリス領マレー半島への上陸

これにより日中戦争とヨーロッパの戦争が結び付き、世界規模の戦争となった。

日本が戦争の目的として掲げた、アジアを欧米の支配から解放して共に栄えるという構想は?

大東亜共栄圏

実際には占領地で資源や労働力を戦争のために動員したため、各地で抗日運動が起きた。

1942 年 6 月、日本海軍が大敗し、太平洋での戦局の転換点となった戦いは?

ミッドウェー海戦

これ以後、アメリカ軍が反攻に転じた。

3. 連合国の会談と戦後構想

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

連合国は戦争を進めながら、戦後の国際秩序をどうつくるかを話し合いました。これらの構想が、戦後の国際連合や領土の処理につながります。

1941 年 8 月、ローズヴェルトとチャーチルが発表し、戦後の平和の原則を示したものは?

大西洋憲章

領土の不拡大、民族自決、新たな国際的な安全保障の仕組みの設立などをうたった。のちの国際連合憲章の土台となった。

1943 年のカイロ宣言で示された、日本の領土についての方針は?

満州・台湾・澎湖諸島を中国に返し、朝鮮を独立させる

日本が無条件降伏するまで戦うことも確認した。

1945 年 2 月のヤルタ会談で、ソ連が約束したことは?

ドイツ降伏後、2〜3 か月以内に対日参戦すること

米英ソの秘密協定で、ソ連に南樺太の返還と千島列島の引き渡しを認めた。日本はこの協定の当事国ではない。北方領土(歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島)は日本固有の領土であるというのが日本政府の立場である。

4. 戦争の終結

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

1943 年にイタリアが降伏し、1944 年に連合軍が北フランスに上陸すると、ドイツは東西から追い詰められました。ドイツ降伏後も日本は戦争を続けましたが、1945 年 8 月に降伏します。

1944 年 6 月、連合軍が北フランスに上陸した作戦は?

ノルマンディー上陸作戦

テヘラン会談で決まった第二戦線がここで開かれた。同じ年の 8 月にパリが解放された。

1945 年 7 月のポツダム会談のあと、日本に無条件降伏を求めて出された宣言は?

ポツダム宣言

日本はこれに応じず、8 月 6 日に広島、9 日に長崎に原子爆弾が投下された。8 日にはソ連が日ソ中立条約を無視して対日参戦し、日本は 14 日に受諾を決めた。

ナチス=ドイツがユダヤ人などを強制収容所に送り、組織的に殺害したことを何という?

ホロコースト

アウシュヴィッツなどの強制収容所で行われた。犠牲者の数は研究によって推計に幅がある。

このノートの 14 問を、暗記カードで復習できます

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答えを隠して出題し、忘れそうなころにもう一度出します。

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