みならいノート

世界史探究 2027年度版

国際連合と戦後の国際秩序

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」D (4) ア (イ) の「第二次世界大戦の展開と大戦後の国際秩序,冷戦とアジア諸国の独立の始まりなど」のうち「大戦後の国際秩序」。内容の取扱いは、国家による経済への関与が第二次世界大戦を経て福祉国家体制の成立の契機となったことに気付くこと、大戦を契機とした欧米諸国の覇権の推移に触れることを求めています。

0. 何を押さえるか

大戦後の国際秩序は、戦争を防げなかった国際連盟と、大戦の一因となったブロック経済への反省からつくられました。政治の面では国際連合が、経済の面ではブレトン=ウッズ体制が柱になります。

国際連盟(1920 年) 国際連合(1945 年)
本部 ジュネーヴ ニューヨーク
大国の参加 アメリカは不参加 米・英・仏・ソ・中が安全保障理事会の常任理事国
議決 総会は原則として全会一致 総会は多数決
制裁 経済制裁が中心 安全保障理事会の決定で軍事的な制裁もできる

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 国際連合の成立と仕組み

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

大西洋憲章で示された新しい平和機構の構想は、大戦中の連合国の会議で具体化され、1945 年に国際連合として発足しました。

1944 年、米・英・ソ・中の代表が国際連合憲章の原案をまとめた会議は?

ダンバートン=オークス会議

安全保障理事会での拒否権などは、翌年のヤルタ会談で話し合われた。

1945 年 4〜6 月、連合国 50 か国が集まり、国際連合憲章を採択した会議は?

サンフランシスコ会議

国際連合は同じ年の 10 月に発足した。本部はニューヨークに置かれた。

国際連合で、平和と安全の維持に主な責任を持ち、常任理事国に拒否権が認められている機関は?

安全保障理事会

常任理事国はアメリカ・イギリス・フランス・ソ連・中国の 5 か国。大国が一致しなければ動けないしくみで、冷戦のなかでは拒否権の行使で機能しないことも多かった。

国際連合が国際連盟と比べて強化した点は何か?

大国が当初から加わり、安全保障理事会の決定で軍事的な制裁もできるようにした

連盟はアメリカが加わらず、制裁も経済制裁が中心で、侵略を止められなかった。

1948 年、国際連合の総会で採択された、すべての人と国が達成すべき人権の基準を示した宣言は?

世界人権宣言

大戦中の人権の抑圧への反省から生まれた。

2. ブレトン=ウッズ体制

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

1930 年代のブロック経済が国際対立を深めたことへの反省から、自由で安定した貿易と通貨の仕組みがつくられました。その中心には、大戦で国力を高めたアメリカがいました。

1944 年、ブレトン=ウッズ会議で設立が決まった 2 つの国際機関は?

国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD、世界銀行)

IMF は為替の安定、IBRD は戦後の復興と開発のための資金の融資を受け持った。

ブレトン=ウッズ体制で、各国の通貨の価値の基準とされた通貨と、為替の仕組みは?

アメリカのドル(金と交換できる)を基軸通貨とする固定相場制

金 1 オンス=35 ドルでドルと金の交換を保証し、各国の通貨はドルとの交換比率を固定した。

1947 年に結ばれた、関税の引き下げと貿易の自由化をめざす協定は?

関税と貿易に関する一般協定(GATT)

ブロック経済のような保護貿易が戦争につながったことへの反省にもとづく。

3. 戦後処理と欧米諸国の地位の変化

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

敗戦国は連合国に占領され、戦争の指導者が裁かれました。大戦を経て、ヨーロッパの国々が世界を主導した時代は終わり、アメリカとソ連が二つの大国として向き合うことになります。

ドイツの戦争指導者を裁いた国際軍事裁判と、日本の戦争指導者を裁いた裁判は?

ニュルンベルク裁判と極東国際軍事裁判(東京裁判)

侵略戦争を計画・実行したことなどを「平和に対する罪」として裁いた。

敗戦後のドイツは、どのように占領されたか?

アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の 4 か国が分割して占領した

ソ連の占領地区の中にあった首都ベルリンも、4 か国が分けて管理した。オーストリアも 4 か国に占領された。

第二次世界大戦を経て、世界の中での欧米諸国の地位はどう変わったか?

戦場となった英仏などヨーロッパ諸国の力が衰え、アメリカとソ連が超大国となった

アメリカは経済力と軍事力で西側を、ソ連は東ヨーロッパを勢力下に置き、両者の対立が冷戦へつながった。

4. 福祉国家の成立

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(イ)

世界恐慌のころから進んだ国家による経済への関与は、大戦中の総力戦体制を経て、大戦後には国民の生活を国家が保障する福祉国家の仕組みとして定着しました。

1945 年の総選挙で勝利し、イギリスで福祉国家の建設を進めた労働党の首相は?

アトリー

大戦を指導したチャーチルの保守党に勝った。石炭・鉄道などの重要産業やイングランド銀行を国有化した。

アトリー政権のもとで整えられた、イギリスの社会保障制度を表す標語は?

「ゆりかごから墓場まで」

大戦中のベヴァリッジ報告(1942 年)をもとに、国民保健サービスなどが整えられた。

福祉国家とは、どんな国家のあり方か?

国家が経済に関与し、社会保障や完全雇用で国民の生活を保障する国家

自由放任を基本とした 19 世紀型の国家と対比される。大戦後の西ヨーロッパ諸国に広がった。

このノートの 14 問を、暗記カードで復習できます

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答えを隠して出題し、忘れそうなころにもう一度出します。

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