移民と労働力の移動
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」D (2) ア (イ) の「国際的な分業体制と労働力の移動」にあたります。思考力等の事項イ (イ) は「労働力の移動を促す要因」を考察するよう求めています。
0. 何を押さえるか
19 世紀、世界市場が広がるなかで、大陸をまたぐ人の移動が急増しました。労働力の移動には大きく 2 つの流れがあります。ヨーロッパから南北アメリカなどへ向かう自由な移民と、奴隷制が廃止されたあとのプランテーションや鉱山を支えたアジア系の契約労働者です。
| 流れ | 出身地 | 主な行き先 | 背景 |
|---|---|---|---|
| ヨーロッパ系移民 | アイルランド・ドイツ、のち南欧・東欧 | アメリカ合衆国・カナダ・アルゼンチン・オーストラリアなど | 人口増加、飢饉、革命の挫折、宗教的・民族的迫害 |
| 中国系の労働者(苦力) | 中国南部 | 東南アジア、南北アメリカ | 太平天国などの混乱と貧困 |
| インド系の契約労働者 | インド | カリブ海、モーリシャス、南アフリカ、東南アジア | 奴隷制廃止後の労働力不足 |
| 日本人移民 | 日本 | ハワイ、アメリカ西海岸、のちブラジル | 明治期の農村の困窮 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 奴隷制の廃止で労働力が不要になったのではなく、アジア系の契約労働者が代わりに送り込まれた
- 19 世紀末からのアメリカへの移民は、南欧・東欧出身者が増えた(「新移民」)。それ以前は西欧・北欧出身者が中心だった
- 蒸気船と鉄道の発達が、大量の長距離移動を可能にした。移動を押し出す力(貧困・迫害)と引き寄せる力(土地・賃金)が交通の発達で結びついた
1. 奴隷貿易・奴隷制の廃止
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(2)-ア-(イ)
人道主義の運動や、奴隷制よりも自由な賃労働の方が効率的だという考えから、19 世紀には奴隷貿易と奴隷制が段階的に廃止されました。
イギリスが奴隷貿易を廃止したのは何年か?
1807 年
奴隷制そのものを帝国内で廃止したのは 1833 年。奴隷貿易の廃止と奴隷制の廃止は別の段階である。
フランスが植民地の奴隷制を最終的に廃止したのは、どの革命のあとか?
1848 年の二月革命
第二共和政の臨時政府が奴隷制を廃止した。
南北アメリカで最も遅い 1888 年に奴隷制を廃止した国は?
ブラジル
コーヒー農園では、その後ヨーロッパからの移民が労働力の中心になった。
2. ヨーロッパからアメリカへの移民
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(2)-ア-(イ)
19 世紀にヨーロッパを離れた人は、数千万人にのぼるとされます。多くはアメリカ合衆国に向かい、その労働力が工業化と西部開拓を支えました。
1840 年代後半にアイルランドで大量の移民を生んだできごとは?
ジャガイモ飢饉
主食のジャガイモが病気で不作となり、多くの死者と国外への移民を出した。アイルランド系の人々はアメリカ東部の都市に多く住んだ。
1848 年の革命が挫折したあと、自由を求めてアメリカに移った人々が多く出た国は?
ドイツ
政治的な理由のほか、農村の困窮も移民を促した。
19 世紀末からアメリカに増えた「新移民」は、どこの出身者が中心だったか?
イタリアなどの南欧、ポーランド・ロシアなどの東欧
東欧からはユダヤ人も多く、ロシアでの迫害(ポグロム)を逃れて移住した。
アルゼンチンがヨーロッパから多くの移民を受け入れ、発展した産業は?
小麦や牛肉を生産する農牧業
冷凍船の発明で牛肉をヨーロッパに輸出できるようになり、イタリア・スペインなどからの移民が大農場の労働力になった。
3. 苦力とインド人移民
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(2)-ア-(イ)
奴隷制が廃止されたあと、カリブ海や東南アジアのプランテーションと鉱山、アメリカの鉄道建設などで、アジアから契約で連れてこられた労働者が働きました。
19 世紀に、東南アジアやアメリカなどへ渡った中国人・インド人の下層労働者を何と呼んだか?
苦力(クーリー)
多くは渡航費を前借りする年季契約で働き、厳しい条件で働かされた。
アメリカの大陸横断鉄道の西側区間の建設を支えた移民労働者は?
中国人移民
ゴールドラッシュ以後、多くの中国人が西海岸に渡った。
アメリカで中国人への排斥が強まった結果、1882 年に定められた法律は?
中国人移民禁止法(中国人排斥法)
低賃金で働く中国人に仕事を奪われるという白人労働者の反発が背景にあった。
奴隷制廃止後のカリブ海や、モーリシャス・南アフリカなどのイギリス植民地に、年季契約で送られた人々は?
インド人(インド人の契約移民)
砂糖のプランテーションなどで元奴隷に代わる労働力とされた。現在も各地にインド系の住民が多く暮らす。
東南アジアに移住し、商業や鉱山の経営などで力をもった中国系の人々を何という?
華僑
福建・広東など中国南部の出身者が多い。マレー半島の錫鉱山などで多くの中国人労働者が働いた。
明治期の日本から、官約移民として多くの人々が渡った太平洋上の地域は?
ハワイ
のちにはアメリカ西海岸にも移民が増え、20 世紀初めからはブラジルへの移民も始まった。