みならいノート

世界史探究 2027年度版

科学革命と啓蒙思想

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」C (3) ア (イ) の「科学革命と啓蒙思想など」を基に、主権国家体制の形成を理解する事項です。
思考の側ではヨーロッパの社会や文化の特色を考えることが求められています。

0. 何を押さえるか

17 世紀、観察と実験、数学によって自然の法則を明らかにする近代科学が生まれました(科学革命)。
18 世紀には、その理性への信頼が社会や政治にも向けられ、古い慣習や特権を批判する啓蒙思想が広まりました。君主の中にも、それを取り入れて上から改革を進める者が現れます。

人物 著作・業績 要点
科学 コペルニクス 『天球回転論』 地動説
ニュートン 『プリンキピア』 万有引力の法則
哲学 フランシス=ベーコン ― 経験論・帰納法
デカルト 『方法序説』 合理論・演繹法
政治思想 ホッブズ 『リヴァイアサン』 社会契約説(結果として絶対王政を擁護)
ロック 『統治二論』 抵抗権。名誉革命を正当化
モンテスキュー 『法の精神』 三権分立
ルソー 『社会契約論』 人民主権
経済思想 アダム=スミス 『諸国民の富』 自由放任。重商主義を批判

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 科学革命

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(イ)

天文学から始まった新しい自然の見方は、ニュートンによって一つの体系にまとめられました。
学者たちは学会をつくって研究を発表し合い、科学は国家の支援も受けて発展します。

地球が太陽の周りを回るとする地動説を唱えた、16 世紀ポーランドの聖職者は?

コペルニクス

教会が支持していた天動説を否定する内容だった。

望遠鏡による観測で地動説を支持し、宗教裁判にかけられたイタリアの学者は?

ガリレイ(ガリレオ=ガリレイ)

教会の権威と新しい科学が衝突した例。ケプラーは惑星が楕円の軌道を描いて動くことを示した。

万有引力の法則を発見し、『プリンキピア』で力学の体系をまとめたイギリスの学者は?

ニュートン

天体の動きと地上の物体の動きを、同じ法則で説明した。これが科学革命の到達点とされる。

イギリスのフランシス=ベーコンとフランスのデカルトは、正しい知識に至る方法としてそれぞれ何を重んじたか?

ベーコンは経験と観察(帰納法)、デカルトは理性による推論(演繹法)

ベーコンの考えはイギリス経験論、デカルトの考えは大陸合理論の出発点となった。

2. 自然法と社会契約説

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(イ)

人間が生まれながらに持つ権利(自然権)から出発し、国家は人々の契約によってつくられると考える社会契約説が生まれました。

三十年戦争のさなかに『戦争と平和の法』を書き、「国際法の祖」と呼ばれるオランダの法学者は?

グロティウス

国家どうしの関係も、自然法に基づく法で律せられるべきだと説いた。

ホッブズが『リヴァイアサン』で、国家がなければ人間はどのような状態に陥ると考えたか?

「万人の万人に対する闘争」の状態

そこで人々は、自然権を主権者にゆだねて平和を得るとした。この結論は結果として絶対王政を擁護するものとなった。

ロックが『統治二論』で、政府が人民の権利を侵したときに認めた人民の権利は?

抵抗権(革命権)

名誉革命を正当化する理論となり、のちのアメリカ独立宣言にも影響を与えた。

『社会契約論』で、主権は人民にあり、分けたり譲ったりできないと説いた思想家は?

ルソー

人民全体の意志(一般意志)に基づく政治を説き、フランス革命に大きな影響を与えた。

3. 啓蒙思想

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(イ)

18 世紀のフランスを中心に、理性の光で古い偏見や迷信を照らし出そうとする啓蒙思想が広まりました。
サロンやコーヒーハウス、新聞などを通じて、人々が意見を交わす場も生まれます。

『法の精神』で、権力を立法・行政・司法に分けて互いに抑え合わせるべきだと説いた思想家は?

モンテスキュー

イギリスの政治を手本に、権力の集中による専制を防ぐしくみを論じた。

ディドロとダランベールが中心となって編集した、啓蒙思想の集大成とされる書物は?

『百科全書』

当時の学問や技術の知識を集め、教会や古い制度への批判を込めた。

重商主義を批判し、『諸国民の富』で自由な経済活動が社会全体を豊かにすると説いた人物は?

アダム=スミス

国家の干渉を退ける自由放任を唱え、古典派経済学を開いた。フランスではケネーが農業を富の源とする重農主義を唱えた。

4. 啓蒙専制君主

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(イ)

市民層の育っていなかった東ヨーロッパでは、君主自らが啓蒙思想を取り入れて、上から国を近代化しようとしました。

「君主は国家第一の僕」と称し、ヴォルテールを宮廷に招いたプロイセンの王は?

フリードリヒ 2 世(大王)

宗教寛容や産業の育成を進めたが、ユンカーの力に支えられた国家のしくみは変えなかった。

啓蒙専制君主が東ヨーロッパの国々に多く現れたのはなぜか?

市民層が育っておらず、西欧に追いつくために君主が上から改革を進める必要があったから

改革は君主権を強めるためのもので、農奴制などの社会のしくみを根本から変えるものではなかった。

プガチョフの農民反乱を鎮めたあと、かえって農奴制を強めたロシアの女帝は?

エカチェリーナ 2 世

はじめは啓蒙思想に関心を示したが、反乱後は貴族との結び付きを強めた。プロイセン・オーストリアとともにポーランド分割も行った。

このノートの 14 問を、暗記カードで復習できます

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答えを隠して出題し、忘れそうなころにもう一度出します。

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