古代オリエント文明
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」B (2) ア (ア) の「オリエント文明,インダス文明,中華文明などを基に,古代文明の歴史的特質を理解すること」。
このノートでは、そのうちオリエント文明(メソポタミアとエジプト)を扱います。
0. 何を押さえるか
「オリエント」は、ローマから見て「日ののぼる方角」、つまり東方を指す言葉です。
大河のほとりで灌漑農業が発達し、都市と国家、文字が生まれました。同じ大河の古代文明でも、メソポタミアとエジプトでは地形の違いが歴史の違いを生みました。
| メソポタミア | エジプト | |
|---|---|---|
| 川 | ティグリス川・ユーフラテス川 | ナイル川 |
| 地形 | 開けていて、周りから民族が入りやすい | 砂漠と海に囲まれ、外から入りにくい |
| 国家の歩み | 多くの民族が興亡をくり返した | 統一王朝が長く続いた |
| 王 | 神の代理人として統治 | ファラオ(王)は生ける神 |
| 文字と書く材料 | 楔形文字、粘土板 | 神聖文字(ヒエログリフ)、パピルス |
| 暦・学問 | 太陰暦、六十進法 | 太陽暦、測地術 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 楔形文字はメソポタミア(粘土板)、神聖文字はエジプト(パピルス・石碑)。それぞれ書く材料も違う
- ハンムラビ法典はバビロン第 1 王朝(メソポタミア)。エジプトの法ではない
- ピラミッドは古王国、アメンホテプ 4 世の宗教改革は新王国。エジプトの時代の区分を混ぜない
1. メソポタミアの都市国家と統一
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
ティグリス川とユーフラテス川の流域では、灌漑農業によって多くの人口を養えるようになり、神殿を中心とする都市国家が生まれました。
開けた地形のため、周りから次々に民族が入り、国家の興亡が激しかったのが特徴です。
メソポタミア南部で、ウル・ウルクなどの都市国家を最初に築いた民族は?
シュメール人
都市の中心には神殿があり、神官や王が灌漑や祭りを取りしきった。
メソポタミアで、シュメール人の都市国家を征服して初めて統一国家をつくったセム語系の民族は?
アッカド人(サルゴン 1 世)
その後、アムル人がバビロン第 1 王朝を建て、メソポタミアを再び統一した。
メソポタミアで国家の興亡がくり返されたのはなぜか?
開けた地形で、周囲から遊牧民や山岳の民族が入りやすかったから
閉ざされた地形のエジプトで統一王朝が長く続いたのと対照的である。
2. ハンムラビ法典と楔形文字
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
バビロン第 1 王朝は、前 18 世紀ごろのハンムラビ王のときにメソポタミアを統一し、法典によって広い地域を治めました。
前 18 世紀ごろ、バビロン第 1 王朝の王が定めた法典は?
ハンムラビ法典
石碑に楔形文字で刻まれた。王が法にもとづいて国を治めることを示すものだった。
ハンムラビ法典の刑罰の考え方の特徴は?
「目には目を、歯には歯を」の復讐法の原則に立ち、しかも刑罰が身分によって異なった
同じ害を加えても、相手の身分によって償い方が変わった。平等な法ではない点に注意する。
シュメール人が始めた楔形文字は、何に書かれたか?
粘土板(葦のペンで刻んだ)
楔形文字は民族や言語を越えてオリエントの広い範囲で使われた。
3. エジプトの統一王朝
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
エジプトは砂漠と海に守られ、ナイル川の恵みのもとで、ファラオが治める統一王朝が長く続きました。
その歴史は、古王国・中王国・新王国に分けて整理されます。
「エジプトはナイルのたまもの」という言葉を残したギリシアの歴史家は?
ヘロドトス
ナイル川の定期的な増水が肥えた土を運び、豊かな農業を支えたことを表している。
エジプトの王ファラオの統治の特徴は?
王が生ける神とされ、神の権威によって統治する神権政治
古王国時代には、王の墓として巨大なピラミッド(クフ王のものなど)がつくられた。
新王国時代、それまでの神々の信仰をやめて唯一神アトンの信仰を強制した王は?
アメンホテプ 4 世(イクナートン)
強い力をもったアメン神の神官たちをおさえるための改革だった。都をテル=エル=アマルナに移し、写実的なアマルナ美術が生まれた。
4. エジプトの文字と学問
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
エジプトでは、神殿や墓に刻む文字と、日常に使う書体とが使い分けられました。宗教では死後の世界が重んじられました。
エジプトで、神殿や墓・石碑に刻まれた象形文字を何という?
神聖文字(ヒエログリフ)
日常にはくずした書体の民用文字(デモティック)も用いた。書く材料にはパピルスが使われた。
19 世紀に神聖文字が解読される手がかりとなった石碑と、解読した人物は?
ロゼッタ=ストーン、シャンポリオン(フランス)
同じ内容が神聖文字・民用文字・ギリシア文字で刻まれていたことが解読の手がかりになった。
エジプトで遺体をミイラにし、「死者の書」を墓に納めたのは、どのような信仰によるものか?
死後の世界と霊魂の不滅を信じる信仰
死者は冥界の王オシリスの審判を受けると考えられた。