インダス文明とアーリヤ人
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」B (2) ア (ア) の「オリエント文明,インダス文明,中華文明などを基に,古代文明の歴史的特質を理解すること」。
このノートでは、そのうち南アジアのインダス文明と、そのあとに進入したアーリヤ人がつくった社会を扱います。
0. 何を押さえるか
南アジアでは、まずインダス川流域に計画的な都市をもつ古代文明が栄えました。
その衰退ののち、中央アジアからアーリヤ人が進入し、ヴァルナ制とバラモン教を土台とする社会がつくられます。この 2 つは担い手も時期も別のものです。
| インダス文明 | アーリヤ人の社会 | |
|---|---|---|
| 時期 | 前 2600 年ごろ〜前 1800 年ごろ | 前 1500 年ごろ進入 → 前 1000 年ごろガンジス川流域へ |
| 中心 | インダス川流域 | パンジャーブ地方 → ガンジス川流域 |
| 代表 | モエンジョ=ダーロ、ハラッパー | 『リグ=ヴェーダ』、ヴァルナ制 |
| 文字 | インダス文字(未解読) | 聖典は長く口で伝えられた |
| 宗教・社会 | 詳しいことは分かっていない | バラモン教、バラモンを頂点とする身分秩序 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- インダス文明の担い手はアーリヤ人ではない。アーリヤ人の進入は文明の衰退よりあと
- インダス文字はまだ解読されていない。楔形文字・神聖文字・甲骨文字と違い、文字から歴史を読めない
- ヴァルナは 4 つの身分の枠組み、ジャーティは生まれで決まる職業や地縁の集団。この 2 つが結びついたものがのちにカースト制度と呼ばれる
1. インダス文明の都市
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
前 2600 年ごろから、インダス川流域に青銅器をもつ都市文明が栄えました。都市は計画的に造られ、道路や排水の設備が整っていました。
担い手はドラヴィダ系の人々と考えられていますが、確かなことは分かっていません。
インダス文明を代表する都市遺跡を 2 つ挙げると?
モエンジョ=ダーロ(インダス川下流のシンド地方)とハラッパー(パンジャーブ地方)
どちらも碁盤の目のような街路、焼きれんがの建物、排水溝、大浴場などをもつ計画都市だった。
インダス文明の都市が「計画都市」と呼ばれるのはなぜか?
道路が碁盤の目状に整えられ、焼きれんがの家と排水の設備が計画的に配置されていたから
大きな王宮や王墓が見つかっていない点も、エジプトやメソポタミアとの違いとして注目される。
インダス文明の文字の特徴と、それが刻まれた主なものは?
インダス文字はまだ解読されていない。動物などを彫った印章に刻まれている
印章はメソポタミアでも見つかっており、両地域のあいだに交易があったと考えられている。
インダス文明は前 1800 年ごろに衰えた。その原因について押さえることは?
はっきりとは分かっていない(川の流れの変化や環境の悪化など、いくつもの説がある)
かつては「アーリヤ人に滅ぼされた」とする説明もあったが、進入の時期が合わないため、いまは取られていない。
2. アーリヤ人の進入
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
前 1500 年ごろ、インド=ヨーロッパ語系のアーリヤ人が中央アジアからカイバル峠をこえてパンジャーブ地方に入りました。
前 1000 年ごろからは、さらに東のガンジス川流域へ移り、鉄器を使って森林を開き、農耕社会を築きます。
前 1500 年ごろ、アーリヤ人が中央アジアから最初に進入したインドの地方は?
パンジャーブ地方(インダス川上流域)
アーリヤ人はもともと牧畜を主とし、雷や火などの自然の力を神としてあがめていた。
前 1000 年ごろ以降、ガンジス川流域に移ったアーリヤ人の社会を大きく変えた道具は?
鉄器(鉄製の農具や斧)
森林を切り開いて稲作などの農耕が広がり、生産が増えて、身分の分化や小さな国家の成立が進んだ。
アーリヤ人は、言語のうえでどの系統に属する人々か?
インド=ヨーロッパ語系
イラン人やヨーロッパの多くの民族と同じ系統の言葉を話した。インダス文明の担い手と考えられているドラヴィダ系の人々とは別である。
3. ヴァルナ制とバラモン教
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
ガンジス川流域に定住したアーリヤ人の社会では、祭式を担う司祭が最も高い地位を占める身分秩序ができあがりました。
アーリヤ人の社会で生まれた 4 つの身分(ヴァルナ)を、上から順に挙げると?
バラモン(司祭)、クシャトリヤ(武士・王侯)、ヴァイシャ(農民・牧畜民・商人)、シュードラ(隷属民)
ヴァイシャはのちに主に商人を、シュードラは農民などを指すように変わっていった。
ヴァルナ制と、生まれで決まる職業や地縁の集団であるジャーティとが結びついてできた身分制度を、のちに何と呼ぶか?
カースト制度
ヴァルナが大きな枠組み、ジャーティが実際の暮らしの単位。長い時間をかけてインド社会に根づいた。
バラモン教で、祭式を司るバラモンが最も高い地位を占めたのはなぜか?
神々への祭式によって自然や社会の秩序が保たれると考えられ、その祭式を独占したから
形式化した祭式とバラモンの特権への批判が、のちに新しい思想や宗教が生まれる背景になる。
4. ヴェーダとウパニシャッド
根拠: 学習指導要領 世界史探究-B-(2)-ア-(ア)
アーリヤ人の神々への賛歌や祭式の決まりは、ヴェーダと呼ばれる聖典にまとめられました。
アーリヤ人の聖典ヴェーダのうち最も古く、自然の神々への賛歌を集めたものは?
『リグ=ヴェーダ』
ヴェーダは長いあいだ文字に書かれず、口で唱え伝えられた。
祭式中心のバラモン教の内部から生まれ、宇宙の根本(ブラフマン)と自己の本質(アートマン)が一つであると説いた哲学は?
ウパニシャッド哲学(梵我一如)
輪廻からの解脱をめざす考え方で、のちのインドの宗教・思想に大きな影響を与えた。
インドの思想で、生き物は死後も生まれ変わりをくり返すとする考えと、そのくり返しから抜け出すことを、それぞれ何という?
輪廻と解脱
行い(業)によって次の生が決まるとされた。解脱をどう実現するかが、その後のインドの宗教の大きな課題になった。