先進国の経済成長と南北問題
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」E (2) ア (ア) の「先進国の経済成長と南北問題」。思考力の事項は、先進国による経済援助の特徴を考えるよう求めています。
第二次世界大戦後の国際経済の枠組みから、先進国の高度成長、そして豊かな北と貧しい南の格差が問題になるまでを押さえます。
0. 何を押さえるか
戦後の先進国は、アメリカのドルを中心とする安定した通貨と自由な貿易の仕組みのもとで高い成長を続けました。その一方で、独立したばかりの国々との格差は広がり、南北問題と呼ばれるようになります。
| 仕組み | 成立 | 役割 |
|---|---|---|
| 国際通貨基金(IMF) | ブレトン=ウッズ協定(1944 年) | 為替の安定。ドルを金と交換できる基軸通貨とした |
| 国際復興開発銀行(IBRD、世界銀行) | ブレトン=ウッズ協定(1944 年) | 戦後の復興と開発に資金を貸す |
| 関税と貿易に関する一般協定(GATT) | 1947 年 | 関税を引き下げ、自由な貿易を広げる |
| 国連貿易開発会議(UNCTAD) | 1964 年 | 発展途上国の立場から貿易と開発を話し合う |
| 開発援助委員会(DAC) | 1961 年 | 経済協力開発機構(OECD)の中で先進国の援助を調整する |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- IMF と世界銀行はブレトン=ウッズ協定で、GATT はその後の 1947 年に別に結ばれた
- 南北問題の「北」は北半球に多い先進工業国、「南」はその南側に多い発展途上国。地理上の南北そのものではない
- UNCTAD は途上国が数の力で要求を示す場、DAC は援助する側の先進国がまとまる場
1. ブレトン=ウッズ体制
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(2)-ア-(ア)
1930 年代の世界恐慌で各国がブロック経済に閉じこもったことが、大戦の一因になりました。その反省から、戦後の経済の仕組みは大戦中から準備されました。
ブレトン=ウッズ体制で、アメリカのドルが基軸通貨になれたのはなぜか?
大戦後のアメリカが世界の金の大部分を持ち、圧倒的な経済力を誇っていたから
ドルだけが金 1 オンス=35 ドルで金と交換でき、各国の通貨はドルと固定した比率で結ばれた(固定相場制)。
戦前のブロック経済と違い、GATT(関税と貿易に関する一般協定)がめざした貿易の原則は?
自由・無差別・多角
関税の引き下げや輸入制限の撤廃を、特定の国だけでなく加盟国すべてに等しく適用し、多国間の交渉で進めた。
2. 先進国の高度成長
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(2)-ア-(ア)
1950 年代から 1960 年代にかけて、西ヨーロッパと日本は戦災から立ち直り、高い経済成長を続けました。
マーシャル=プランの受け入れのために西ヨーロッパ諸国がつくり、1961 年に経済協力開発機構(OECD)へ改組された機構は?
ヨーロッパ経済協力機構(OEEC)
1948 年に発足した。OECD にはアメリカ・カナダも加わり、先進国が経済政策や途上国への援助を話し合う場となった。
1950 年代の西ドイツで、アデナウアー首相のもとで達成された急速な経済復興は何と呼ばれたか?
「経済の奇跡」
分断されたドイツのうち、西側では市場経済のもとで工業生産が急速に回復した。
1950 年代半ばから 1973 年の石油危機まで、日本が続けた急速な成長を何という?
高度経済成長
重化学工業が発展し、1964 年には OECD にも加盟した。一方で公害などの問題も生じた。
戦後の先進国で、社会保障を充実させる福祉国家の政策を財政の面で支えたものは?
高い経済成長による税収の伸び
石油危機で成長が止まると財政が苦しくなり、1980 年代には福祉の見直しを唱える新自由主義の政権が現れた。
3. 南北問題と途上国の要求
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(2)-ア-(ア)
政治的に独立した国々も、経済は植民地時代の形を引きずっていました。先進国との格差は、1960 年代に南北問題として国際的な課題になります。
南北問題とは、何と何の間の問題か?
北に多い先進工業国と、南に多い発展途上国との経済格差の問題
冷戦の東西対立と並ぶ、戦後世界のもう 1 つの対立軸として意識された。
多くの発展途上国の経済が、特定の農産物や鉱産物の輸出に頼っている状態を何という?
モノカルチャー経済
植民地時代に作られた形で、一次産品の国際価格が下がると国全体の収入が大きく落ち込む。
1964 年に発足し、発展途上国が先進国に一次産品の価格の安定や特恵関税を求めた国連の機関は?
国連貿易開発会議(UNCTAD)
「援助よりも貿易を」という途上国の主張を掲げた場となった。同じ年、途上国は「77 か国グループ」を結成して団結した。
4. 政府開発援助
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(2)-ア-(ア)
先進国は途上国への援助を進めました。援助には、途上国の開発を助ける面と、援助する国の外交や経済の利益に結び付く面があります。
先進国の政府が、発展途上国の経済開発や福祉のために行う資金や技術の援助を何という?
政府開発援助(ODA)
返済の要らない贈与や技術協力のほか、条件のゆるやかな貸し付けも含む。
日本の政府開発援助の始まりとされる、1954 年の出来事は?
コロンボ=プランへの加盟
南アジア・東南アジアの開発を支える国際的な協力の枠組みで、日本は技術協力から援助を始めた。アジア諸国への戦後賠償も、のちの経済協力につながった。
先進国の援助について、途上国の側からはどのような問題が指摘されてきたか?
援助する国の企業の利益や外交上のねらいに結び付き、途上国の自立につながらない場合があること
こうした批判から、住民の生活に直接届く援助や、NGO と連携した援助も重視されるようになった。