みならいノート

世界史探究 2027年度版

世界恐慌と各国の対応

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」D (4) ア (ア) の「世界恐慌とファシズムの動向,ヴェルサイユ・ワシントン体制の動揺など」。内容の取扱いは、自由主義経済の危機により、資本主義諸国で国家による経済への関与が積極的に進められるようになったことに気付くよう求めています。

0. 何を押さえるか

1929 年にアメリカで始まった世界恐慌は、各国に広がりました。各国は自国の経済を守るために、それぞれ違うやり方で国家が経済に乗り出していきます。

アメリカ イギリス・フランス ソ連
主な対応 ニューディール(公共事業・生産調整・労働者の保護) 本国と植民地などで囲い込むブロック経済 五カ年計画による計画経済
外との関わり ラテンアメリカへの善隣外交 高関税でブロックの外を締め出す 世界市場から離れ、恐慌の影響をほとんど受けなかった
共通点 自由放任をやめ、国家が経済への関与を強めた 同左 もともと国家が経済を指導

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 世界恐慌の発生と広がり

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(ア)

第一次世界大戦後のアメリカは繁栄を謳歌しましたが、生産の過剰や農業の不振を抱えていました。株価の暴落をきっかけに恐慌が起き、アメリカの資本に頼っていたヨーロッパにも広がりました。

1929 年 10 月、世界恐慌の始まりとなった出来事は?

ニューヨーク株式市場(ウォール街)での株価の暴落

企業の倒産や銀行の閉鎖が続き、失業者が急増した。

アメリカで起きた恐慌が、なぜヨーロッパ、とくにドイツに大きな打撃を与えたか?

アメリカの資本がヨーロッパから引き揚げられたから

ドイツはアメリカの資本を頼りに賠償金を払い、経済を立て直していた。資金の流れが止まると、ドイツ経済は大きく落ち込んだ。

1931 年、アメリカのフーヴァー大統領が、賠償金と戦債の支払いを 1 年間猶予すると宣言したものは?

フーヴァー=モラトリアム

しかし恐慌の広がりを止めることはできなかった。フーヴァーは基本的に自由放任の立場をとっていた。

2. アメリカのニューディール

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(ア)

1933 年に大統領となった民主党のフランクリン=ローズヴェルトは、それまでの自由放任をやめ、国家が経済に積極的に関与するニューディールを進めました。

フランクリン=ローズヴェルト政権が、世界恐慌に対して進めた一連の政策を何という?

ニューディール(新規まき直し)

国家が生産を調整し、公共事業で雇用を生み、労働者の権利を守ることで、景気の回復をはかった。

ニューディールで、農産物の生産を制限して価格を引き上げようとした法律は?

農業調整法(AAA)

生産を減らした農民に補償金を払い、農産物の値崩れを防ごうとした。

テネシー川流域でダムを建設するなど、公共事業で雇用を生み出そうとした機関は?

テネシー川流域開発公社(TVA)

電力の供給と地域開発をあわせて行う、国家主導の総合開発だった。

1935 年に成立し、労働者の団結権と団体交渉権を認めた法律は?

ワグナー法

全国産業復興法(NIRA)が最高裁判所で違憲とされたあと、労働者の保護を引き継いだ。労働組合の力が強まった。

ローズヴェルト政権が、ラテンアメリカ諸国に対してとった外交を何という?

善隣外交

それまでの武力干渉をひかえ、キューバの独立を制約していたプラット条項を廃止した。ラテンアメリカとの貿易を広げるねらいもあった。

3. イギリス・フランスのブロック経済

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(ア)

植民地を多く持つイギリスやフランスは、本国と植民地・自治領などを一つの経済圏として囲い込み、外の国の商品を高い関税で締め出しました。

1931 年、イギリスで恐慌に対処するために成立した、マクドナルドを首相とする内閣は?

挙国一致内閣

財政の支出を削り、金本位制を停止した。労働党の首相が保守党などと組んだため、マクドナルドは労働党から除名された。

1932 年のオタワ連邦会議で、イギリスが自治領などと形成した経済圏は?

スターリング=ブロック(ポンド=ブロック)

イギリス連邦内の関税を低くし、外の国には高い関税をかけた。

ブロック経済は、国際関係にどんな影響を与えたか?

植民地や資源の乏しい国々との対立を深めた

ドイツ・イタリア・日本などは、自らの経済圏を武力で広げようとする方向へ進んだ。

4. ソ連の計画経済と国家による経済への関与

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(4)-ア-(ア)

ソ連はスターリンのもとで、国家の計画にもとづいて重工業化と農業の集団化を進めました。資本主義国が不況に苦しむなか、ソ連の工業生産は伸び続けました。

スターリンのもとで 1928 年に始まった、重工業化と農業の集団化を進める計画は?

第 1 次五カ年計画

集団農場(コルホーズ)と国営農場(ソフホーズ)がつくられた。集団化に抵抗する農民は強制的に移住させられるなど、多くの犠牲を伴った。

ソ連が世界恐慌の影響をほとんど受けなかったのはなぜか?

国家の計画経済のもとで、資本主義の世界市場から切り離されていたから

ただし国内ではスターリンによる独裁が強まり、反対派とみなされた人々が大量に粛清された。

イギリスの経済学者ケインズが、不況のときに国家が取るべき役割として主張したことは?

国家が財政支出を増やして有効需要を生み出すこと

主著は『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936 年)。自由放任に代わる考え方として、第二次世界大戦後の各国の経済政策に大きな影響を与えた。

世界恐慌を経て、資本主義諸国の経済政策は全体としてどう変わったか?

自由放任から、国家による経済への関与を強める方向へ変わった

この流れが、第二次世界大戦後の福祉国家体制につながっていく。

このノートの 15 問を、暗記カードで復習できます

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答えを隠して出題し、忘れそうなころにもう一度出します。

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