みならいノート

世界史探究 2027年度版

サファヴィー朝とムガル帝国

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」C (3) ア (ア) の「西アジアや南アジアの諸帝国」。
オスマン帝国と同じ時代に、イランにはサファヴィー朝、インドにはムガル帝国が栄えました。このノートでは、この 2 つの帝国の統治の特徴と文化を扱います。

0. 何を押さえるか

どちらもイスラームの王朝ですが、サファヴィー朝はシーア派を国の宗教とし、ムガル帝国はヒンドゥー教徒が多数を占めるインドをイスラーム教徒の王朝として治めました。

サファヴィー朝 ムガル帝国
地域 イラン インド
建国 1501 年、イスマーイール 1 世 1526 年、バーブル(パーニーパットの戦い)
宗教 シーア派(十二イマーム派)を国教に スンナ派の王朝だが、住民の多数はヒンドゥー教徒
最盛期の君主 アッバース 1 世(都イスファハーン) アクバル(融和) → アウラングゼーブ(最大領土・転換)
君主の称号 シャー 皇帝(パーディシャー)

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. サファヴィー朝

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(ア)

神秘主義教団を母体とするサファヴィー朝は、遊牧民の軍事力を背景にイランを統一しました。
シーア派を国教にしたことで、今日のイランがシーア派の国であることの出発点になっています。

1501 年、サファヴィー朝を建てた人物と、国教とした宗派は?

イスマーイール 1 世、シーア派(十二イマーム派)

君主はイラン古来の称号シャーを用いた。

1514 年、サファヴィー朝がオスマン帝国のセリム 1 世に敗れた戦いは?

チャルディランの戦い

鉄砲を備えたオスマン軍が、騎馬を中心とするサファヴィー軍を破った。

サファヴィー朝の最盛期を築き、都をイスファハーンに移した君主は?

アッバース 1 世

イスファハーンは壮麗なモスクや広場が建てられ、「世界の半分」とたたえられるほど栄えた。

アッバース 1 世が、イギリスの協力を得てポルトガルから奪い返したペルシア湾の島は?

ホルムズ島

ペルシア湾の入り口をおさえる交易の要地で、ポルトガルがインド洋進出の拠点としていた。

2. ムガル帝国の成立とアクバルの融和

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(ア)

中央アジアから来たバーブルが北インドに帝国を築き、第 3 代のアクバルが支配を固めました。
アクバルは、人口の多数を占めるヒンドゥー教徒との融和を進めました。

1526 年、ティムールの子孫バーブルがロディー朝を破り、ムガル帝国を建てた戦いは?

パーニーパットの戦い

バーブルは鉄砲や大砲を用いて勝った。ムガルは「モンゴル」がなまった呼び名とされる。

アクバルが、ヒンドゥー教徒との融和のために廃止した税は?

人頭税(ジズヤ)

ヒンドゥー教徒の有力者(ラージプート)とも婚姻や任官で結び付き、支配を安定させた。

アクバルが整えた、官僚に位階を与え、その位階に応じて給与と保つべき騎兵などの数を定めた制度は?

マンサブダール制

官僚と軍人を位階で序列化し、皇帝のもとに集権的にまとめた。

3. アウラングゼーブの転換

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(ア)

17 世紀後半のアウラングゼーブは領土を最大にしましたが、イスラームを重んじる政策をとったため、ヒンドゥー教徒などの反発を招きました。

アウラングゼーブが、アクバルの融和策から転換したことを示す政策は?

人頭税(ジズヤ)を復活させた(1679 年)

厳格なスンナ派の立場から、ヒンドゥー教の寺院を壊すこともあった。

アウラングゼーブの政策に反発し、西インドのデカン地方でヒンドゥー教徒が建てた国は?

マラーター王国

北西インドのシク教徒なども反発し、アウラングゼーブの死後、帝国の統一は崩れていった。

16 世紀初めにナーナクが始めた、イスラームの影響を受けて偶像崇拝やカースト差別を否定した宗教は?

シク教

パンジャーブ地方に広まり、のちにムガル帝国と対立する勢力となった。

4. インド=イスラーム文化

根拠: 学習指導要領 世界史探究-C-(3)-ア-(ア)

ムガル帝国では、イランから伝わった文化とインドの文化が融け合った文化が生まれました。

シャー=ジャハーンが亡き妃のためにアグラに建てた、インド=イスラーム建築を代表する墓廟は?

タージ=マハル

ドームとアーチを持つイスラーム建築に、インドの様式が合わさっている。

ムガル帝国で公用語とされた言語と、北インドの言葉にペルシア語・アラビア語の語が混ざってできた言語は?

公用語はペルシア語、混ざってできたのはウルドゥー語

ウルドゥー語は今日のパキスタンの国語になっている。宮廷ではイランの細密画の影響を受けたムガル絵画も発達した。

このノートの 12 問を、暗記カードで復習できます

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答えを隠して出題し、忘れそうなころにもう一度出します。

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