みならいノート

歴史総合 2027年度版

地域連携と計画経済

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「歴史総合」D (2) ア (イ) の「西ヨーロッパや東南アジアの地域連携,計画経済とその波及」。
これらを基に世界経済の拡大を理解するのが事項のねらいで、内容の取扱いは、地域連携や経済成長と冷戦との関わりに気づくよう求めています。
西側ではアメリカの援助と自由貿易のしくみのもとで国どうしが手を結び、東側ではソ連型の計画経済が広がりました。
どちらの経済のまとまりも、冷戦の陣営の線に沿って作られたことがこのノートの軸です。

0. 何を押さえるか

西側(資本主義) 東側(社会主義)
戦後の経済秩序 ブレトン・ウッズ体制(IMF・世界銀行)、GATT ソ連を中心とする計画経済
復興と援助 マーシャル・プラン(1947 発表)と OEEC(1948) 経済相互援助会議(COMECON、1949)
地域連携 ECSC(1952)、EEC(1958)、EC(1967)、ASEAN(1967) COMECON による分業

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 西側の経済秩序と西ヨーロッパの地域連携

根拠: 学習指導要領 歴史総合-D-(2)-ア-(イ)

戦争で疲れた西ヨーロッパが共産主義に傾くことを防ぐため、アメリカは大規模な援助を行いました。
その援助の受け皿づくりが、西ヨーロッパの国どうしが手を結ぶ地域連携の出発点になります。
2 度の大戦で戦ったフランスと西ドイツが資源を共同で管理することは、戦争を起こさせないしくみでもありました。

1947 年にアメリカが発表した、ヨーロッパの経済復興を援助する計画は?

マーシャル・プラン(ヨーロッパ経済復興援助計画)

受け入れのために西ヨーロッパ諸国は OEEC(ヨーロッパ経済協力機構)を作った。ソ連と東ヨーロッパは受け入れを拒否した。

戦後の国際通貨体制で、アメリカのドルを金と交換できる基軸通貨とし、各国の通貨をドルと固定の比率で結んだしくみを何と呼ぶか?

ブレトン・ウッズ体制

IMF(国際通貨基金)と世界銀行(国際復興開発銀行)が柱。日本の円は 1949 年から 1 ドル 360 円に固定された。

1952 年、フランス・西ドイツ・イタリア・ベネルクス 3 国の 6 か国が、石炭と鉄鋼を共同で管理するために発足させた組織は?

ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)

フランス外相シューマンの提案(シューマン・プラン)がもとになった。

1957 年のローマ条約に基づき、翌 1958 年に ECSC の 6 か国が発足させた、共同市場をめざす組織は?

ヨーロッパ経済共同体(EEC)

同時にヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)も発足した。

1967 年、ECSC・EEC・EURATOM の 3 つをまとめて発足した組織は?

ヨーロッパ共同体(EC)

のちの EU(ヨーロッパ連合)のもとになった。

EEC に対抗して 1960 年にイギリスが中心になって作った組織と、イギリスが EC に加盟した年は?

ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)、1973 年

1973 年にはアイルランド・デンマークも加盟し、EC は 9 か国になった(拡大 EC)。

2. 東南アジアの地域連携

根拠: 学習指導要領 歴史総合-D-(2)-ア-(イ)

東南アジアでは、ベトナム戦争が続くさなかに、共産主義の広がりを警戒する国々が地域協力の組織を作りました。
経済成長と冷戦の関わりは、ここでも政治の形に表れています。

1967 年、インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイの 5 か国が結成した地域協力の組織は?

東南アジア諸国連合(ASEAN)

結成当初は反共的な性格も持っていた。冷戦の終結後、ベトナムなども加わった。

冷戦下のアジアなどで、強い権力を持つ政権が、政治的な自由を抑えながら経済開発を優先した体制を何と呼ぶか?

開発独裁

インドネシアのスハルト政権、フィリピンのマルコス政権、韓国の朴正熙政権などが例に挙げられる。アメリカなど西側の支援を受けた。

3. 計画経済とその波及

根拠: 学習指導要領 歴史総合-D-(2)-ア-(イ)

計画経済は、土地や工場などの生産手段を国のものとし、何をどれだけ作るかを国家が計画して決める経済のしくみです。
ソ連は戦前にこの方法で重工業化を進め、戦後は東ヨーロッパや中国などに広がりました。

生産手段を国有化し、生産や分配を国家の計画によって行う経済のしくみを何と呼ぶか?

計画経済

市場での自由な競争で生産と価格が決まる市場経済と対になる。

ソ連で、スターリンのもとで 1928 年に始まった、重工業化と農業の集団化を進めた計画は?

第 1 次五か年計画

世界恐慌の影響を受けずに工業化を進めたように見え、戦後の社会主義国の手本になった。

1949 年、ソ連と東ヨーロッパ諸国がマーシャル・プランに対抗して作った経済協力の組織は?

経済相互援助会議(COMECON、コメコン)

東側の経済のまとまり。軍事の同盟であるワルシャワ条約機構(1955)とは別の組織。

中華人民共和国で、毛沢東が 1958 年に始め、人民公社を作って急速な増産をめざしたが失敗に終わった運動は?

大躍進

中国はソ連の援助を受けて 1953 年から第 1 次五か年計画を進めていたが、その後は中ソ対立でソ連の技術者が引き揚げた。

計画経済の国々で、1970 年代から目立つようになった経済の問題は何か?

経済が停滞し、技術革新や生産性の向上が遅れた

企業どうしの競争がないため、品質の改善や働く意欲につながりにくかった。のちのソ連の改革や中国の改革開放の背景になった。

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