アジアの経済発展と情報通信技術
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「歴史総合」D (3) ア (ア) の「……アジアの諸地域の経済発展,……情報通信技術の発展などを基に,市場経済の変容と課題を理解すること」。
1970 年代から急成長したアジアの国や地域と、インターネットに代表される情報通信技術が、世界経済をひとつに結びつけていった流れを扱います。
中国の改革開放と社会主義市場経済の年は 2026-09-27 に国立国会図書館・アジア経済研究所の資料と突き合わせました。
0. 何を押さえるか
戦後のアジアは、冷戦のなかで政治的な自由を抑えながら経済開発を急ぐ国が多く、1970 年代以降に輸出を伸ばして工業化する国や地域が次々に現れました。
順番は、おおまかに NIEs、ASEAN 諸国、中国、ベトナムです。1990 年代には情報通信技術の発展がこの動きを加速させ、
人・もの・お金・情報が国境を越えて動くグローバル化が進みます。
| 国・地域 | 転機 | 中身 |
|---|---|---|
| NIEs(韓国・台湾・香港・シンガポール) | 1970 年代〜 | 外国の資本と技術を入れ、輸出向けの工業で急成長 |
| ASEAN 諸国(タイ・マレーシアなど) | 1980 年代後半〜 | 円高で進出した日本企業などの工場が集まる |
| 中国 | 1978 年 改革開放 | 経済特区、のちに社会主義市場経済 |
| ベトナム | 1986 年 ドイモイ | 共産党の支配のまま市場経済を取り入れる |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 中国の改革開放(1978)とベトナムのドイモイ(1986)。どちらも共産党の一党支配を保ったまま市場経済を入れる改革で、名前と国を入れ替えやすい
- NIEs は「国」ではなく「国と地域」。台湾と香港(1997 年までイギリス領)を含むため、新興工業「経済地域」と呼ぶ
- アジア通貨危機(1997)はタイから、世界金融危機(2008)はアメリカから広がった。どちらも資本の自由な移動が危機を速く広げた
1. アジアの諸地域の経済発展
根拠: 学習指導要領 歴史総合-D-(3)-ア-(ア)
アジアの諸地域の経済発展は、先進国の資本と技術を取り込み、安い労働力で作った製品を先進国へ輸出する形で進みました。
1985 年のプラザ合意で円高が進むと、日本企業が生産拠点を東南アジアへ移し、アジアの中の分業が深まります。
1970 年代から輸出向けの工業化で急成長した、韓国・台湾・香港・シンガポールをまとめて何という?
NIEs(新興工業経済地域)
台湾と香港を含むので「国」ではなく「経済地域」と呼ぶ。アジア NIEs ともいう。
NIEs の多くがとった、外国の資本や技術を取り入れて輸出向けの製品をつくる工業化の方法を何という?
輸出志向型工業化
それ以前に多くの途上国がとった、輸入品を国産品に置き換える輸入代替型工業化とは向きが逆になる。
経済開発を最優先にかかげ、そのために政治的な自由や民主主義を制限した強権的な体制を何という?
開発独裁
韓国の朴正熙政権やインドネシアのスハルト政権などが例に挙げられる。経済が成長すると、国民の民主化要求が強まっていった。
プラザ合意後の円高で日本企業が工場を海外へ移し、国内の製造業の生産や雇用が減っていくことを何という?
産業の空洞化
移転先の東南アジアなどでは工業化が進み、日本と周辺諸国の間で部品と製品をやりとりする分業が広がった。
1978 年から中国で鄧小平の指導のもとに始まった、市場経済のしくみや外国の資本を取り入れる政策を何という?
改革開放(政策)
農業では人民公社を解体して生産を個々の農家に請け負わせ、対外的には外国企業を受け入れた。
改革開放のなかで、中国が外国の資本や技術を呼び込むために深圳などの沿海部に設けた地区を何という?
経済特区
税の優遇などで外国企業の進出を促した。のちに開放は沿海部の多くの都市へ広げられた。
中国共産党が 1992 年に経済改革の目標としてかかげた、共産党の指導を保ちながら市場経済を進めるしくみは?
社会主義市場経済
同年の鄧小平の南巡講話で改革開放の加速が呼びかけられた。中国は 2001 年に WTO(世界貿易機関)へ加盟した。
1986 年からベトナムで進められた、共産党の一党支配を保ったまま市場経済を取り入れる改革を何という?
ドイモイ(刷新)
中国の改革開放と同じ方向の改革。ベトナムは 1995 年に ASEAN に加盟した。
1997 年、タイの通貨バーツの急落をきっかけに東アジア・東南アジアの国々へ広がった経済危機を何という?
アジア通貨危機
短期の資本が一斉に流出したことで広がった。韓国やインドネシアなどは IMF の支援を受けた。
2. 情報通信技術の発展とグローバル化
根拠: 学習指導要領 歴史総合-D-(3)-ア-(ア)
冷戦が終わり旧社会主義国が市場経済に加わった 1990 年代、コンピュータと通信回線を結ぶ情報通信技術(ICT)が急速に広がりました。
情報やお金が一瞬で国境を越えるようになり、企業は世界規模で生産と販売を組み立てるようになります。便利さと同時に、新しい格差や危機の広がり方も生みました。
アメリカの軍事研究のためのネットワークから発展し、1990 年代に一般の人々に急速に普及した、世界中のコンピュータを結ぶ通信網は?
インターネット
パソコンや携帯電話の普及とあわせて、情報通信技術(ICT)による社会の変化を IT 革命とも呼ぶ。
人・もの・お金・情報が国境を越えて地球規模で移動し、世界の結びつきが強まっていくことを何という?
グローバル化(グローバリゼーション)
冷戦の終結で市場経済が世界に広がったことと、情報通信技術の発展とが重なって 1990 年代に加速した。
情報通信技術を使える人と使えない人、使える国や地域とそうでないところの間に生じる格差を何という?
デジタル・デバイド(情報格差)
情報を得る機会の差が、所得や教育の差をさらに広げるおそれがある。
2008 年、アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけに世界へ広がった金融危機は?
世界金融危機(リーマン・ショック)
金融が世界規模で結びついていたため、アメリカの住宅ローンの焦げつきが短い間に各国の景気後退につながった。