旧石器文化と縄文文化
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」A (1) ア (ア) の「旧石器文化から縄文文化への変化」に当たります。
寒い氷期に大型動物を追って移動していた暮らしが、温暖化とともに土器・弓矢・定住の暮らしへ変わっていく流れと、そこから見える原始社会の特色を押さえます。
0. 何を押さえるか
旧石器文化は更新世(氷河時代)、縄文文化は完新世に入ってからの文化です。
気候が暖かくなり、動植物が変わったことが、道具と暮らし方を大きく変えました。
| 旧石器文化 | 縄文文化 | |
|---|---|---|
| 時代 | 更新世(氷期) | 完新世(約 1 万数千年前から) |
| 日本列島 | 大陸と陸続きになることがあった | 海面が上がり、ほぼ今の列島になった |
| 石器 | 打製石器(ナイフ形石器・尖頭器、終わりごろに細石器) | 打製石器に加え磨製石器 |
| 新しい道具 | — | 土器・弓矢 |
| 住まい | 移動しながら暮らす | 竪穴住居をつくり定住が進む |
| 主な食料 | ナウマンゾウなど大型動物の狩り | 中小動物の狩り・木の実の採集・漁労 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 磨製石器は縄文文化から加わる。旧石器文化の石器は打ち欠いてつくる打製石器が中心
- 土器は「煮る」、弓矢は「すばしこい中小動物を狩る」ための道具。どちらも温暖化で変わった環境への対応
- 縄文時代は定住が進んでも、貧富や身分の大きな差はまだ見られない。差が目立つのは弥生文化から
1. 旧石器文化
根拠: 学習指導要領 日本史探究-A-(1)-ア-(ア)
旧石器時代の日本列島には、大陸から大型動物とそれを追う人々がやってきました。
人々は打製石器を使って狩りをし、獲物を追って移動しながら暮らしていました。
日本に旧石器時代の文化があったことが、戦後はじめて確かめられた群馬県の遺跡は?
岩宿遺跡
相沢忠洋が関東ローム層(火山灰の地層)の中から打製石器を見つけたことがきっかけ。それまで日本に旧石器時代は無いと考えられていた。
旧石器時代に日本列島へ大陸から渡ってきたとされる大型動物の例は?
ナウマンゾウ・オオツノジカ・マンモスなど
氷期には海面が下がり、列島が大陸と陸続きになることがあったため、動物も人も渡ってこられた。
旧石器時代の終わりごろに広まった、小さな石器を木や骨の柄にはめこんで使う石器は?
細石器
それ以前のナイフ形石器や尖頭器(槍先)と同じく打製石器。磨製石器ではない。
旧石器時代の人々が 1 か所に定住せず、移動しながら暮らしていたのはなぜか?
大型動物などの獲物を追って移動する必要があったから
住まいは簡単なテント式の小屋などで、洞窟や岩かげも利用したと考えられている。
2. 縄文文化の成立
根拠: 学習指導要領 日本史探究-A-(1)-ア-(ア)
約 1 万数千年前から気候が暖かくなり、海面が上がって日本列島がほぼ今の形になりました。
大型動物が減り、落葉広葉樹林や照葉樹林が広がったことに合わせて生まれたのが縄文文化です。
氷期が終わって気候が暖かくなると、日本列島の自然はどう変わったか?
海面が上がって列島が大陸から離れ、大型動物が減って森と中小動物が増えた
東日本にはナラなどの落葉広葉樹林、西日本にはシイなどの照葉樹林が広がり、木の実が大切な食料になった。
縄文文化で土器が使われるようになったことで、何ができるようになったか?
食べ物を煮ること(アクを抜く・保存する)
ドングリなど、そのままでは食べにくい木の実も煮て食べられるようになり、食料の幅が広がった。
縄文文化で弓矢が使われるようになったのはなぜか?
ニホンシカやイノシシなど、動きの速い中小動物を狩るため
大型動物が減ったことに合わせて、狩りの道具も変わった。
縄文文化の石器について、旧石器文化と比べて何が加わったか?
磨製石器(石を磨いてつくる石器。石斧など)
打製石器も使い続けており、打製から磨製へ入れ替わったわけではない。
3. 縄文時代の暮らしと原始社会の特色
根拠: 学習指導要領 日本史探究-A-(1)-ア-(ア)
食料が安定して手に入るようになると、人々は竪穴住居に住んで定住するようになりました。
遺跡からは、遠くの集団との交易や、自然への祈りの跡も見つかっています。
縄文時代の人々が住んだ、地面を掘りくぼめて柱を立て屋根をかけた住まいは?
竪穴住居
数軒が広場を囲んで集落をつくった。青森県の三内丸山遺跡は、大規模な集落が長く続いた例として知られる。
縄文時代の人々が食べた貝の殻などを捨てた場所で、当時の食生活を知る手がかりになるものは?
貝塚
1877 年、アメリカ人のモースが東京の大森貝塚を発掘した。これが日本の近代的な考古学の始まりとされる。
長野県の和田峠など限られた産地の黒曜石が、遠く離れた遺跡から見つかることから分かることは?
集団どうしが遠くまで交易をしていたこと
黒曜石は鋭く割れるので石器の材料として重宝された。産地が限られるため、見つかった場所から交易の範囲をたどれる。
縄文時代の人々の信仰を示すもので、女性をかたどったものが多い土製の人形は?
土偶
あらゆる自然物に霊が宿ると考えるアニミズムのもと、豊かな実りなどを祈ったと考えられている。成人の儀式とされる抜歯や、手足を折り曲げて葬る屈葬の風習もあった。
縄文時代の原始社会の特色として、弥生時代と比べて言えることは?
貧富の差や身分の差がまだはっきりしない
墓の副葬品などに大きな差が見られない。集団で協力して食料を得る暮らしだったと考えられている。