大衆社会の形成と大正の文化
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「日本史探究」D (3) ア (イ) の「大衆社会の形成」に当たる部分です。
大戦景気のあと都市が大きくなり、会社や役所に勤める人々が増えました。新聞・雑誌・ラジオ・映画が多くの人に同じ情報や娯楽を届け、一般の人々が担い手となる大衆文化が生まれます。
0. 何を押さえるか
大正期の文化は、担い手と伝える手段が明治と大きく違います。
| 明治の文化 | 大正の文化 | |
|---|---|---|
| 主な担い手 | 政府・知識人 | 都市の俸給生活者などの一般の人々 |
| 伝える手段 | 新聞・雑誌(読者は限られる) | 発行部数 100 万部を超える新聞・雑誌、ラジオ、映画 |
| 特徴 | 西洋の文化の紹介・受け入れ | 大衆文化、都市の生活様式の広がり |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- ラジオ放送の開始は 1925 年(東京・大阪・名古屋)。翌 1926 年に日本放送協会(NHK)がつくられた
- 白樺派は理想主義・人道主義、耽美派は美の追求、新思潮派は理知的な作風。同じ大正期でも流れを分けて覚える
- 大衆文学とプロレタリア文学は別のもの。前者は娯楽として多くの読者を得た作品、後者は労働者の立場から社会の矛盾を描いた作品
1. 都市化と俸給生活者
根拠: 学習指導要領 日本史探究-D-(3)-ア-(イ)
大戦期の産業の発展で都市に人口が集まり、会社員・公務員などの新しい中間層が厚みを増しました。彼らの暮らしが、大衆社会の生活様式の手本となります。
大正期の都市で増えた、会社や官庁に勤めて月給を受け取る人々を何と呼ぶか?
俸給生活者(サラリーマン)
中学校以上の教育を受けた人が多く、新しい都市の中間層を形づくった。
大正期に増えた「職業婦人」とは、どのような女性たちか? 例は?
会社や店などで働く都市の女性。タイピスト・電話交換手・バスの車掌など
女性が家庭の外で働くことが、都市では珍しくなくなった。
大正期の都市で広まった、和洋折衷の新しい住まいは?
文化住宅
郊外に延びる私鉄の沿線で住宅地の開発が進み、都心の会社に電車で通う暮らしが広がった。
1923 年 9 月 1 日に起き、東京・横浜を中心に大きな被害を出した災害は?
関東大震災
混乱のなかで、朝鮮人や中国人が殺される事件も起きた。震災のあと東京の復興が進み、都市の景観が大きく変わった。
2. 新聞・雑誌・ラジオ・映画
根拠: 学習指導要領 日本史探究-D-(3)-ア-(イ)
教育の普及で文字を読める人が増えたことが、大量に印刷される新聞・雑誌の読者を生みました。大正の末には、ラジオという新しいマスメディアも加わります。
大正期に発行部数を大きく伸ばし、大正の末に 100 万部を超えた新聞は?
大阪朝日新聞・大阪毎日新聞
新聞は政治や社会の動きを大衆に伝え、世論を動かす力を持つようになった。
講談社が 1925 年に創刊し、発行部数が 100 万部を超えた大衆娯楽雑誌は?
『キング』
一方、『中央公論』『改造』などの総合雑誌は、吉野作造らの論説を載せて知識層に読まれた。
日本でラジオ放送が始まったのはいつか?
1925 年
東京・大阪・名古屋で放送が始まり、翌年にこれらをまとめて日本放送協会(NHK)がつくられた。
大正期に人気を集めた映画(活動写真)は、音声のない時代、どのように上映されたか?
弁士が場面の説明や台詞を語りながら上映された(無声映画)
映画は都市の代表的な娯楽となり、音声つきのトーキーが広がるのは昭和に入ってから。
3. 大衆文化と大正の文学・芸術
根拠: 学習指導要領 日本史探究-D-(3)-ア-(イ)
文学では、個性を重んじる作家たちのほかに、多くの読者を楽しませる大衆文学や、社会の矛盾を描く文学が生まれました。
1910 年に雑誌『白樺』を創刊し、理想主義・人道主義を掲げた作家たちは?
白樺派(武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎ら)
個人の尊重を重んじる作風で、大正期の文壇の中心となった。
雑誌『新思潮』から出て、理知的な作風で知られた作家は?
芥川龍之介・菊池寛(新思潮派)
菊池寛はのちに雑誌『文藝春秋』を創刊した。
中里介山の『大菩薩峠』に代表される、新聞や雑誌で多くの読者を得た娯楽性の高い小説を何という?
大衆文学
時代小説などが新聞の連載で人気を集め、読書が一般の人々の楽しみとして広がった。
労働運動の広がりとともに生まれ、1921 年創刊の雑誌『種蒔く人』を出発点とする文学の流れは?
プロレタリア文学
労働者の立場から、資本主義社会の矛盾や階級の対立を描いた。
1924 年に小山内薫・土方与志らが開き、新劇の拠点となった劇場は?
築地小劇場
西洋の近代劇を上演し、新劇の運動を大きく進めた。