意味の変化と漢語
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
言葉の意味は、時間がたつと決まった向きに動きます。古語と今の語の意味の違いを 1 語ずつ覚える(『言語文化』のノートの「古今異義語」)のとは別に、
ここでは動き方の型を押さえます。型を知っていると、初めて見る古語でも「今の意味からどちらへずれているか」の見当が付きます。
後半では、中国の古典から来た漢語が、日本語の中でどう意味を変え、どう今の言葉に残っているかを扱います。
| 型 | 中身 | 例(もとの意味 / 今の意味) |
|---|---|---|
| 狭くなる | 指す範囲が一部に限られる | つま(夫婦の一方 / 妻)、着物(着る物すべて / 和服) |
| 広くなる | 指す範囲が広がる | 玄関(禅寺の入口 / 建物の入口)、瀬戸物(瀬戸の焼き物 / 陶磁器) |
| 評価が上がる | 悪い意味から良い意味へ | かはゆし(恥ずかしい・気の毒だ / 愛らしい)、我慢(うぬぼれ / 耐え忍ぶこと) |
| 評価が下がる | 良い意味・敬う意味から悪い意味へ | 貴様・おまえ(敬う相手 / 見下す相手) |
| 隣へ移る | 時間や場所が隣り合うものへ移る | あした(朝 / 翌日)、ゆふべ(夕方 / 昨夜) |
分かれ目は次の 3 つ。
- 敬う言葉は、使われるうちに敬意がすり減る。「貴様」「おまえ」が見下す言葉になったのは、この向きの変化である。
- 漢語は、中国の古典での意味と、日本語での意味が違うことがある。漢文の中で見たら、もとの意味で読む。
- 今のふつうの言葉の中に、漢籍や漢文の訓読から来たものが多い。古典は、今の言葉の材料になっている。
1. 意味の変わり方の型
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ウ
学習指導要領の解説は、時間の経過による言葉の変化を「言葉の意味が移り変わったこと」と説明しています。
移り変わりには、範囲が動く型と、評価が動く型があります。
言葉の意味の変わり方を、「指す範囲」と「評価」の 2 つの面から 4 つの型に分けると?
範囲が狭くなる・範囲が広くなる・評価が上がる・評価が下がる
このほかに、時間や場所が隣り合うものへ意味が移る型もある。1 つの語が 2 つの型にまたがることもある。
古語の「つま」は、今の「妻」とどう違うか? これはどの型の変化か?
古語の「つま」は、夫婦や恋人の一方から見た相手を指し、夫にも妻にも使った。今は妻だけを指すので、範囲が狭くなる型。
和歌で女性が「わがつま」と詠んでいれば、夫や恋人のこと。「夫」と書いて「つま」と読むこともある。
「貴様」「おまえ(御前)」は、もとはどんな相手に使う言葉だったか? これはどの型の変化か?
もとは敬う相手に使う言葉だった。今は対等以下の相手や、ののしる相手に使うので、評価が下がる型。
「御前」は貴人の前、そこから貴人その人を指した。敬う言葉は広く使われるうちに敬意が薄れ、新しい敬語に取って代わられる。
今の「かわいい」のもとになった古語「かはゆし」は、中世には主にどんな意味だったか? 今の意味への変化はどの型か?
中世には主に「恥ずかしい」「気の毒で見ていられない」。のちに「愛らしい」の意味が中心になったので、評価が上がる型。
顔がほてる意味の「顔映(かほは)ゆし」から出た語とされる。気の毒で放っておけない気持ちから、いとおしく思う気持ちへ移った。
古語の「あした」「ゆふべ」は、それぞれいつを指したか? 今の意味へは、どう移ったか?
古語の「あした」は朝、「ゆふべ」は夕方。今は「あした」が翌日、「ゆうべ」が昨夜を指す。
「あした」は、夜が明けた朝(翌朝)から翌日全体へ移った。「ゆふべ」は、夕方から夜へ、さらに過ぎたばかりの夜へ移ったとされる(昨夜を表す古語「よべ」と重なったという説もある)。時間が隣り合うものへ意味が移る型。
2. 漢語が日本語の中で意味を変える
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ウ
中国の古典から入った漢語は、日本で長く使われるうちに、もとの意味から離れていくことがあります。
解説は、その例として「風雅」を挙げています。漢文の中でこうした語を見たら、今の日本語の意味ではなく、もとの意味で読みます。
「風雅」は、もとは中国の何に基づく言葉か? 日本ではどんな意味で使われるようになったか?
中国最古の詩集『詩経』の、「風」(諸国の民謡)と「雅」(朝廷の楽歌)に基づく言葉。日本では「雅やかな趣」という意味で使われるようになった。
もとは詩の種類の名前で、そこから詩歌の道を指した。芭蕉は自分の俳諧を「風雅」と呼んでいる。
「遠慮」は、もとは『論語』のどんな言葉から来た語か? 日本でどう意味が変わったか?
もとは「遠き慮(おもんぱか)り」=遠い先のことまでよく考えること。日本で「人に対して言動を控えめにすること」の意味に変わった。
白文「人無遠慮、必有近憂。」/書き下し文「人遠き慮り無ければ、必ず近き憂ひ有り。」/訳「人は、遠い先まで考えることをしなければ、必ず身近なところに心配事が起こる。」(論語)
「勉強」は、もとの漢語ではどんな意味か? 日本でどう意味が変わったか?
もとは「無理をしてでも努めること」「気が進まないことをあえてすること」。日本で「学問や技術を学ぶこと」の意味が中心になった。
店の人が言う「勉強します」(値段を無理して下げる)のほうに、もとの意味が残っている。
「返事」「大根」「火事」のように、もとは和語だった言葉を漢字で書き、それを音で読むようになってできた語を何というか? それぞれのもとの和語は?
和製漢語。もとは「かへりごと」「おほね」「ひのこと」。
漢字で「返事」「大根」「火事」と書いたものを音読みして、漢語のような形になった。「出張」(ではり)、「立腹」(はらをたつ)、「物騒」(ものさわがし)も同じでき方とされる。
3. 漢籍の言葉が今も使われる
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ウ
解説は、『論語』の中にも「以上」「未定」「使者」など、今の社会でふつうに使う語が多く見られると述べています。
特別な故事を持つ成語だけでなく、何気ない日常の語が、二千年以上前の書物にそのまま出てきます。
| 語 | 『論語』の白文 | 書き下し文 | 訳 |
|---|---|---|---|
| 以上 | 中人以上、可以語上也。 | 中人以上には、以て上を語るべきなり。 | 中くらいより上の人には、高度なことを語ってよい。 |
| 未定 | 少之時、血気未定。 | 少(わか)き時は、血気未だ定まらず。 | 若いときは、血気がまだ落ち着いていない。 |
学習指導要領の解説が、『論語』の中に見られる「現代の社会生活の中でもしばしば使用されているような語」の例として挙げる 3 つの語は?
以上・未定・使者
故事成語のように特別な由来を語らなくても、古典の言葉がそのまま今の言葉の中に生きている例。
40 歳を「不惑」、30 歳を「而立」、15 歳を「志学」と呼ぶのは、何に基づくか?
『論語』で、孔子が自分の一生をふり返った言葉。
「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。」(論語)。50 歳は「知命」、60 歳は「耳順」という。
日本の元号は、長い間、何から言葉を取って付けられてきたか? 「令和」は何から取られたか?
中国の古典(漢籍)から取られてきた。「令和」は、日本の古典である『万葉集』から取られた。
「昭和」「平成」は『書経』などの漢籍による。「令和」のもとは万葉集の梅花の歌の序文「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」で、この序文そのものは漢文で書かれている。
4. 漢文の訓読から生まれた言い回し
根拠: 学習指導要領 古典探究-(2)-ウ
漢文を訓読するときの読み方は、仮名の物語で使う言葉とは違う、硬い言葉でした。
その言葉が、今の改まった書き言葉の土台になっています(「いまだ〜ない」「すべからく」などの例は『言語文化』のノートの「漢文と日本語」にあります)。
平安時代、「たいそう」の意味を、仮名の物語ではふつう「いと」と言った。漢文の訓読ではふつう何と言ったか? 「〜できない」の意味ではどうか?
訓読では「はなはだ」。「〜できない」は、仮名の物語では「え〜ず」、訓読では「〜(する)あたはず」。
同じ意味でも、文章の種類で使う語が分かれていた。「はなはだ」「あたかも」「すでに」「および」など、今の硬い文章の語には訓読で使われた語が多い。
「及び」「並びに」「若しくは」「但し」は、漢文の訓読で「及」「並」「若」「但」などの字に当てた読み方である。こうした語が、今の法律や契約書の言葉に多いのはなぜか?
明治時代の法令が、漢文を訓読した調子の文体で書かれたから。
訓読の言葉が法律の言葉として受け継がれ、口語の文に改められた後も接続の語として残った。ふだん使う「あるいは」「すなわち」も同じ流れの語である。
「願わくは」「恐らく」「いわく」のような「〜く」の形も、古い言い方が漢文の訓読の中で使い続けられて、今に伝わったものです。