民衆の成長と戦国の動乱
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領 歴史的分野 B 近世までの日本とアジア (2) 中世の日本 ア (ウ)『民衆の成長と新たな文化の形成』。
0. どういう論点か
農業の生産が増えると、余った作物が市で売られ、商業が育ちます。
豊かになった農民や商人は、自分たちで話し合って村や町を治めるようになりました(惣・町衆)。
自分たちで決める力を持った人々は、ときに団結して支配者に要求をぶつけます(一揆)。
一方、上の支配者の側では、応仁の乱で幕府の力が落ち、
身分が下の者が実力で上の者を倒す下剋上の世の中になっていきます。
| 言葉 | 何か | 取り違えやすい相手 |
|---|---|---|
| 座 | 商人・手工業者の同業者の団体 | 惣(農民の自治の組織) |
| 馬借 | 馬で物を運ぶ運送業者 | 土倉・酒屋(お金を貸す金融業者) |
| 土一揆 | 農民などが団結して徳政などを求める | 徳政令(幕府が出すもの) |
| 分国法 | 戦国大名が自分の領国で定めた法 | 御成敗式目(鎌倉幕府の法) |
引っかけの分かれ目は次の 3 つ。
- 土一揆は民衆が借金の帳消し(徳政)を「求める」もの、徳政令は幕府が「出す」もの
- 応仁の乱は京都が主な戦場で、11 年続いた(地方の小さな戦いではない)
- 戦国大名は実力で国を支配した大名で、守護大名がそのまま続いたとは限らない(家臣が主君を倒した例も多い)
1. 農業と商業の発達
根拠: 学習指導要領 歴-B-(2)-ア-(ウ)
同じ田畑で、米を収穫した後に麦などを作る方法を何という?
二毛作
鎌倉時代に西日本で始まり、室町時代に各地へ広がった。牛や馬を使った耕作や、草木の灰などの肥料も広まった。
寺社の門前や交通の便利なところで、決まった日に開かれるようになった市を何という?
定期市
生産が増えて売り買いする物が増えた。室町時代には月に 6 回開かれるところも出てきた。
商人や手工業者がつくり、貴族や寺社に税を納めて保護を受け、営業を独占した同業者の団体は?
座
農民の自治組織である惣と取り違えやすい。座は商工業者の団体。
室町時代、馬を使って陸上で物資を運んだ運送業者を何という?
馬借
京都などへの物の流れを支えた。高利でお金を貸した土倉・酒屋と区別する。
室町時代、お金を高い利子で貸す金融業を営んで富を蓄えた業者は?
土倉・酒屋
土一揆では、借金の証文を取り戻そうとする人々に襲われた。
2. 村と都市の自治
根拠: 学習指導要領 歴-B-(2)-ア-(ウ)
室町時代、有力な農民を中心に村ごとにつくられた自治の組織は?
惣(惣村)
寄合という話し合いを開き、村のおきてを定めたり、用水の管理を決めたりした。
農民などが団結し、借金の帳消し(徳政)などを求めて土倉や酒屋を襲った動きを何という?
土一揆
1428 年の正長の土一揆が知られる。村の自治で団結する力が育っていたことが背景にある。
浄土真宗(一向宗)の信者が団結し、守護大名を倒して約 100 年にわたり自治を行った一揆は?
加賀の一向一揆
加賀は今の石川県南部。武士と農民が守護を追い出した山城国一揆(京都府南部)と区別する。
日明貿易などで栄え、有力な商人たちが自治を行った、今の大阪府の港町は?
堺
京都では町衆と呼ばれる裕福な商工業者が自治を行い、応仁の乱で途絶えた祇園祭を復興させた。
3. 応仁の乱と戦国の動乱
根拠: 学習指導要領 歴-B-(2)-ア-(ウ)
1467 年、8 代将軍足利義政のあとつぎ争いに、有力な守護大名の対立がからんで起きた戦乱は?
応仁の乱
京都を主な戦場に 11 年続き、京都は焼け野原になった。幕府の力はここで大きく落ちた。
応仁の乱の後に広がった、身分が下の者が実力で上の者を倒す風潮を何という?
下剋上
守護大名が家臣に国を奪われることも起きた。
応仁の乱の後、実力で一つの国や地方を支配するようになった大名を何という?
戦国大名
この時代を戦国時代という。城のまわりに家臣や商工業者を集め、城下町をつくった。
戦国大名が家臣や領民を治めるために、自分の領国で独自に定めた法を何という?
分国法
けんかをした者は理由を問わず両方を罰する(けんか両成敗)などの定めがあった。