古墳時代と大和政権
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領 歴史的分野 B (1) 古代までの日本 ア (イ)「日本列島における国家形成」。
0. どういう論点か
3 世紀後半から、各地の王や豪族は、自分の力を示す大きな墓=古墳を造るようになりました。
中でも巨大な前方後円墳が集まるのが近畿地方で、ここに大和政権(ヤマト王権)と呼ばれる強い勢力がありました。
前方後円墳が九州から東北地方南部まで広がったことは、大和政権の力が各地に及んだ証拠と考えられています。
大和政権は、鉄などの資源や進んだ技術を求めて朝鮮半島と深く関わりました。
その中で、朝鮮半島などから渡来人が移り住み、新しい技術や文化を伝えました。
| 言葉 | 指すもの |
|---|---|
| 大和政権(ヤマト王権) | 近畿地方の有力な豪族たちがまとまった勢力 |
| 大王(おおきみ) | 大和政権の王。のちの天皇 |
| 豪族 | 各地の有力者。大和政権に従い、役目を分担した |
| 渡来人 | 朝鮮半島などから一族で移り住んだ人々 |
引っかけの分かれ目は次の 3 つ。
- 埴輪は古墳の上や周りに並べたもの、土偶は縄文時代の祈りの人形(どちらも土製)
- 須恵器は渡来人が伝えたかたい灰色の土器(弥生土器・土師器とは焼き方が違う)
- 古事記・日本書紀は奈良時代(8 世紀初め)にまとめられた(古墳時代に書かれたのではない)
1. 古墳の広がり
根拠: 学習指導要領 歴-B-(1)-ア-(イ)
3 世紀後半から各地に造られた、王や豪族の大きな墓を何という?
古墳
土を盛り上げて造った。王や豪族の力の大きさを示すものでもあった。
前が四角く、後ろが円い形をした古墳を何という?
前方後円墳
大きな古墳の多くがこの形で、近畿地方に特に大きなものが集まっている。
日本最大の古墳で、大阪府堺市にある前方後円墳は?
大仙古墳(大山古墳)
仁徳天皇の墓とされている。周辺の古墳群とあわせて世界文化遺産に登録されている。
古墳の上や周りに並べられた、円筒形や人・馬・家などの形をした素焼きの焼き物は?
埴輪
縄文時代の土偶と取り違えないこと。
2. 大和政権と朝鮮半島
根拠: 学習指導要領 歴-B-(1)-ア-(イ)
4〜5 世紀の朝鮮半島には、北に高句麗、南西に百済、南東に新羅があり、南部には加羅(伽耶)の小さな国々がありました。
近畿地方の有力な豪族たちがまとまってつくった勢力と、その王の呼び名は?
大和政権(ヤマト王権)・大王
大王はのちに天皇と呼ばれるようになる。
埼玉県の稲荷山古墳の鉄剣と、熊本県の江田船山古墳の鉄刀の両方に刻まれていた大王の名は?
ワカタケル大王
遠く離れた東西の古墳に同じ大王の名があることから、5 世紀には大和政権の力が九州から関東まで及んでいたと分かる。
大和政権が、朝鮮半島南部の加羅(伽耶)地域や百済と結び付きを強めた大きな目的は?
鉄などの資源や、進んだ技術を手に入れるため
百済などと結んで、北の高句麗と戦ったことが、高句麗の好太王(広開土王)の碑に記されている。
5 世紀に、朝鮮半島での立場を有利にするため、中国の南朝にたびたび使いを送った倭の 5 人の王を何という?
倭の五王
中国の皇帝から高い地位を認めてもらおうとした。最後の「武」はワカタケル大王と考えられている。
3. 渡来人
根拠: 学習指導要領 歴-B-(1)-ア-(イ)
朝鮮半島などから一族で日本に移り住み、進んだ技術や文化を伝えた人々を何という?
渡来人
大和政権は渡来人を各地に住まわせ、その技術を国づくりに生かした。
渡来人が伝えた、高い温度で焼いたかたい灰色の土器は?
須恵器
ほかにも、機織りや土木の技術、漢字・儒教・仏教などが渡来人によって伝えられた。
渡来人は、大和政権でどのような仕事を任されたか?
漢字を使って記録をつけたり、財政や外交の文書をつくったりする仕事
文字を扱える人は少なく、政権の運営に欠かせなかった。
4. 神話と当時の人々の信仰
根拠: 学習指導要領 歴-B-(1)-ア-(イ)
このころの人々の信仰や、ものの見方を知る手がかりが、のちの奈良時代にまとめられた書物に収められた神話や伝承です。
8 世紀の初めにまとめられた、天皇が国を治めるまでの由来を神話や伝承から記した歴史書を 2 つ答えよ。
古事記・日本書紀
古事記は 712 年、日本書紀は 720 年に完成した。
奈良時代に、国ごとに地名の由来や産物、言い伝えなどをまとめさせた書物は?
風土記
各地の人々の暮らしや信仰を知る手がかりになる。
古墳時代の人々は、どのようなものに神が宿ると考えて祭りを行ったか?
山・川・岩・大木などの自然
豊作を祈り、収穫を感謝する祭りが行われた。