みならいノート

世界史探究 2027年度版

第二次産業革命と帝国主義

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このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。

学習指導要領「世界史探究」D (3) ア (ア) の「第二次産業革命と帝国主義諸国の抗争、アジア諸国の変革などを基に、世界分割の進展とナショナリズムの高まりを構造的に理解すること」に当たります。
このノートでは、19 世紀末に世界経済の構造がどう変わり、列強がそれぞれどんな帝国主義政策をとったのか、その共通点と相違点を押さえます。

0. 何を押さえるか

19 世紀後半、石油と電力を新しい動力源とする第二次産業革命が起き、重化学工業が発展しました。巨大な設備に必要な資本を集めるため企業の集中が進み、
列強は原料の供給地・製品の市場・資本の投下先を求めて、アジア・アフリカへ進出しました。これが帝国主義です。
進出の目的は共通していても、列強ごとに国内の事情と進出の方向は違います。

特徴・国内の事情 主な対外政策
イギリス 工業の首位をアメリカ・ドイツに奪われる。海外投資で利益を上げる 3C 政策(カイロ・ケープタウン・カルカッタ)、自治領の拡大
フランス 銀行の資本が豊か。資本を外国へ貸し付ける ロシアへの投資と露仏同盟、アフリカ横断政策、インドシナ
ドイツ 重化学工業が急成長。ヴィルヘルム 2 世の「世界政策」 3B 政策(ベルリン・ビザンティウム・バグダード)
ロシア 工業化はフランスの資本に頼る シベリア鉄道で東アジアへ、バルカンへの南下
アメリカ 工業生産で世界一に。フロンティアの消滅 米西戦争でカリブ海・太平洋へ、中国への門戸開放

取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。

1. 第二次産業革命と独占資本

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)

19 世紀後半、科学の成果が技術に応用され、鉄鋼・化学・電気などの重化学工業が発達しました。
1873 年から続いた長い不況のなかで、中小の企業は倒れ、少数の巨大企業と銀行に資本が集まっていきました。

19 世紀後半に起きた第二次産業革命で、新しく動力源となったものは?

石油と電力

第一次産業革命の蒸気機関(石炭)に代わり、内燃機関や電動機が使われるようになった。

第二次産業革命で工業の中心となった産業は? また、先頭に立った国は?

重化学工業(鉄鋼・化学・電気など)、アメリカとドイツ

巨額の設備投資が必要な産業だったため、資本を集めた国が強くなった。イギリスは「世界の工場」の地位を失っていく。

同じ業種の企業が、独立を保ったまま価格や生産量を協定して競争を避ける形の独占を何という?

カルテル(企業連合)

企業そのものを合併させるトラスト(企業合同)や、持株会社を通じて異なる業種まで支配するコンツェルン(企業連携)と区別する。

巨大な銀行の資本と産業の資本が結びついたものを何という? また、それが対外進出を求めた理由は?

金融資本。国内より利益の大きい海外への資本の投下先を求めたから

原料と市場に加え、資本の輸出先を確保することが、植民地を求める大きな動機になった。

2. イギリスとフランス

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)

早くから植民地を持っていたイギリスとフランスは、工業では追い上げられながらも、海外への投資と広い植民地で力を保とうとしました。

1875 年、イギリスのディズレーリ首相がスエズ運河会社の株を買収したことには、イギリスの帝国主義にとってどんな意味があったか?

インドへの最短の航路を押さえ、エジプトへ介入する足がかりを得た

エジプト政府の財政難につけこんで買い取った。1877 年にはヴィクトリア女王がインド皇帝となり、インド帝国が成立した。

イギリスがカイロ・ケープタウン・カルカッタを結んで進めた政策を何という?

3C 政策

エジプト・南アフリカ・インドを結び、インド洋をイギリスの海とする構想。ドイツの 3B 政策と対立した。

イギリスの白人の移住した植民地のうち、カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカ連邦に与えられた地位は?

自治領

本国の主権のもとで内政の自治を認められた。カナダが 1867 年に最初の自治領となった。

第三共和政のフランスが、豊かな資本を使って特に多く貸し付けた相手国は?

ロシア

ロシアの工業化やシベリア鉄道の建設を支え、1891〜94 年の露仏同盟の土台になった。

3. ドイツとロシア

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)

遅れて工業化したドイツとロシアは、国家が主導して対外進出を図りました。ドイツの転換は、ビスマルクの辞職(1890 年)が分かれ目です。

ビスマルクを辞めさせたあと、ドイツ皇帝ヴィルヘルム 2 世が進めた積極的な対外政策を何という?

世界政策

ビスマルクがフランスを孤立させるために結んでいた同盟網から離れ、海軍を大拡張してイギリスと対立した。

ドイツがベルリン・ビザンティウム(イスタンブル)・バグダードを結んで進めた政策を何という? その中心となった鉄道は?

3B 政策、バグダード鉄道

オスマン帝国の領内を通って西アジアへ進む計画で、インドへの道を守りたいイギリスやロシアと対立した。

1891 年に着工された、ロシアが東アジアへ進出するための鉄道は?

シベリア鉄道

フランスの資本で建設された。極東への進出は、やがて日本との対立(日露戦争)を生む。

4. アメリカ合衆国

根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)

19 世紀末に工業生産で世界一となったアメリカは、フロンティアの消滅(1890 年)ののち、カリブ海と太平洋へ乗り出しました。

1898 年、キューバの独立運動をきっかけに起きた戦争と、アメリカがその結果得た領土は?

米西戦争。フィリピン・グアム・プエルトリコを得た

キューバは独立したが、アメリカの保護国のような立場に置かれた。同じ 1898 年にはハワイも併合した。

セオドア=ローズヴェルト大統領が、武力を背景にカリブ海地域へ介入した外交を何という?

棍棒外交(カリブ海政策)

パナマをコロンビアから独立させ、パナマ運河の建設を進めた(1914 年開通)。

中国分割に出遅れたアメリカが、国務長官ジョン=ヘイの名で列強に求めたことは?

門戸開放・機会均等(のちに領土保全も加えた)

中国の市場からアメリカが締め出されないようにするための主張だった。

このノートの 14 問を、暗記カードで復習できます

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