原子力と宇宙探査
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」E (3) ア (ア) の「原子力の利用や宇宙探査などの科学技術」。思考力の事項は、第二次世界大戦後の科学技術の高度化と政治・経済・社会の変化との関連性を考えるよう求めています。
原子力も宇宙開発も、冷戦の軍事競争から大きく伸びた技術です。その歩みと、事故が社会に突きつけた問いを押さえます。
0. 何を押さえるか
原子力は核兵器として始まり、のちに発電にも使われました。宇宙開発は長距離ミサイルの技術と表裏一体で、米ソの威信をかけた競争になりました。
| 年 | 原子力 | 宇宙探査 |
|---|---|---|
| 1945 | アメリカが原子爆弾を開発し、広島・長崎に投下 | |
| 1953 | アイゼンハワーが「平和のための原子力」を演説 | |
| 1957 | 国際原子力機関(IAEA)発足 | ソ連がスプートニク 1 号を打ち上げ |
| 1961 | ソ連のガガーリンが初の有人宇宙飛行 | |
| 1969 | アメリカのアポロ 11 号が月面着陸 | |
| 1979 | スリーマイル島原子力発電所事故(アメリカ) | |
| 1986 | チェルノブイリ原子力発電所事故(ソ連) | |
| 2011 | 東京電力福島第一原子力発電所事故(日本) |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 人工衛星の打ち上げも有人宇宙飛行も、先に成功したのはソ連。月面着陸で先んじたのはアメリカ
- 原子力の平和利用を国際的に進め、軍事転用を監視するのが IAEA。核兵器そのものを禁じる機関ではない
- スリーマイル島はアメリカ、チェルノブイリはソ連(現在のウクライナ)
1. 核兵器の開発と拡散
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(3)-ア-(ア)
原子核の分裂で生じる巨大なエネルギーは、第二次世界大戦中に兵器として実用化されました。
第二次世界大戦中、アメリカが科学者を動員して原子爆弾を開発した計画は?
マンハッタン計画
ナチス=ドイツが先に開発することへの恐れが出発点だった。1945 年 8 月に広島と長崎に投下された。
アメリカに続いて核兵器を保有した国を、年の順に挙げると?
ソ連(1949 年)、イギリス(1952 年)、フランス(1960 年)、中国(1964 年)
この 5 か国が、のちに核拡散防止条約で保有を認められた国になった。
2. 原子力の平和利用
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(3)-ア-(ア)
核兵器の開発競争が進む一方で、原子力を発電などに使う道も開かれました。
1953 年、アメリカのアイゼンハワー大統領が国連総会で、原子力を発電などに使うことを呼びかけた演説は?
「平和のための原子力」(Atoms for Peace)
この呼びかけをもとに、原子力の技術が各国へ広がっていった。
1957 年に発足し、原子力の平和利用を促し、それが軍事に転用されないよう監視する国際機関は?
国際原子力機関(IAEA)
加盟国の核物質や施設を査察する。核拡散防止条約のもとで、保有国以外の国の原子力施設の査察も担う。
石油危機のあと、多くの先進国が原子力発電を増やしたのはなぜか?
石油への依存を減らし、エネルギーを安定して確保するため
一方で、事故の危険や放射性廃棄物の処分という課題は残された。
3. 宇宙開発競争
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(3)-ア-(ア)
宇宙へ物を運ぶロケットは、遠くへ核弾頭を運ぶミサイルと同じ技術です。宇宙探査は冷戦の競争として始まりました。
1957 年、ソ連が打ち上げた世界初の人工衛星は?
スプートニク 1 号
ソ連のミサイル技術がアメリカを上回ったと受け止められ、アメリカに衝撃を与えた(スプートニク=ショック)。
スプートニクの打ち上げに対して、アメリカがとった対応は?
1958 年に航空宇宙局(NASA)を設け、科学教育にも力を入れた
宇宙開発と理数系の教育の強化が、国の安全にかかわる課題とされた。
1961 年、ボストーク 1 号で人類初の有人宇宙飛行に成功したソ連の飛行士は?
ガガーリン
これに対してアメリカのケネディ大統領は、人間を月に送る計画(アポロ計画)を打ち出した。
1969 年、人類を初めて月面に着陸させたアメリカの宇宙船は?
アポロ 11 号
アームストロング船長が月面に降り立った。アメリカは宇宙開発競争での巻き返しを果たした。
冷戦後の宇宙探査で、アメリカ・ロシア・日本・ヨーロッパ諸国などが共同で建設・運用している施設は?
国際宇宙ステーション(ISS)
1998 年に建設が始まった。宇宙開発が対立の場から国際協力の場へと移ったことを示す例である。
4. 原子力事故
根拠: 学習指導要領 世界史探究-E-(3)-ア-(ア)
原子力発電所の大きな事故は、国境を越えて被害を及ぼし、原子力をめぐる各国の政策を変えました。
1986 年、ソ連で起き、放射性物質がヨーロッパの広い範囲に広がった原子力発電所の事故は?
チェルノブイリ原子力発電所事故
現在のウクライナで起きた。当初の情報隠しが批判され、ゴルバチョフの情報公開(グラスノスチ)を進めるきっかけにもなった。
2011 年、東日本大震災の地震と津波によって起きた原子力発電所の事故は?
東京電力福島第一原子力発電所事故
周辺の住民が長期にわたって避難を強いられた。この事故のあと、ドイツは原子力発電からの撤退を決めた。