列強の中国進出と辛亥革命
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
学習指導要領「世界史探究」D (3) ア (ア) の「帝国主義諸国の抗争、アジア諸国の変革など」に当たります。
日清戦争の敗北で弱さをさらけ出した清が、列強の分割にさらされ、上からの改革・民衆の排外運動を経て、革命で倒れるまでを押さえます。
0. 何を押さえるか
清の内部からの立て直しは、改革 → 排外 → 革命と形を変えていきました。担い手と目指したものの違いが問われます。
| 年 | 担い手 | 目指したもの | 結末 | |
|---|---|---|---|---|
| 戊戌の変法 | 1898 | 康有為・梁啓超と光緒帝 | 日本の明治維新にならった立憲君主制 | 西太后らの戊戌の政変で約 100 日で挫折 |
| 義和団戦争 | 1900〜01 | 義和団(宗教的武術集団)と清朝 | 「扶清滅洋」=外国勢力の排斥 | 8 か国連合軍に敗れ、北京議定書 |
| 辛亥革命 | 1911〜12 | 孫文ら革命派・各省の軍隊 | 清を倒して共和国をつくる | 中華民国の成立、清の滅亡 |
取り違えやすい分かれ目は次の 3 つ。
- 変法運動は清朝を残したまま改める運動、辛亥革命は清朝そのものを倒す運動
- 義和団は「清を助けて外国を滅ぼす」と唱え、清朝もこれに乗って列国に宣戦した。反清ではない
- 中華民国の臨時大総統は、はじめ孫文、まもなく袁世凱。宣統帝の退位と引きかえに袁世凱に地位が譲られた
1. 列強の中国分割
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)
日清戦争で清が日本に敗れると、列強は清に貸し付けた資金などを足がかりに、港湾の租借や鉄道・鉱山の利権を次々に手に入れ、
それぞれの勢力範囲を定めていきました。中国は世界分割の最後の焦点となりました。
1898 年、ドイツが宣教師の殺害を口実に租借した地域は?
膠州湾(山東半島)
山東省はドイツの勢力範囲となった。この権益が第一次世界大戦で日本に奪われ、のちの五・四運動の原因になる。
1898 年、ロシアが清から租借した遼東半島の港は?
旅順・大連
三国干渉で日本が清に返した遼東半島の先端を、ロシア自身が手に入れた。東清鉄道の支線でシベリア鉄道とつながる。
イギリスとフランスが、ロシア・ドイツに対抗してそれぞれ租借した地域は?
イギリスは威海衛と九竜半島、フランスは広州湾
イギリスは長江流域、フランスは南部の広東・広西などを勢力範囲とした。
2. 変法運動と義和団戦争
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)
分割の危機のなかで、まず政治制度から改めようとする動きが起き、それが潰されると、今度は民衆の排外運動が広がりました。
1898 年、康有為らが光緒帝のもとで進めた、立憲君主制をめざす改革を何という?
戊戌の変法
日本の明治維新をお手本とした。洋務運動が技術の導入にとどまったのに対し、政治制度の改革まで踏み込んだ点が違う。
戊戌の変法を約 100 日で終わらせた、保守派によるクーデタを何という? その中心人物は?
戊戌の政変、西太后
光緒帝は幽閉され、康有為・梁啓超は日本へ亡命した。
義和団が掲げたスローガンは?
扶清滅洋(清を助け、西洋を滅ぼす)
キリスト教の布教や鉄道の建設への反感を背景に、山東省から華北へ広がった。
義和団戦争のあと、1901 年に清が列国と結んだ条約は? その主な内容は?
北京議定書(辛丑和約)。巨額の賠償金と、北京の公使館区域への外国軍隊の駐留
出兵した 8 か国のうち、主力は日本とロシアだった。ロシアは戦後も中国東北地方に軍をとどめ、日本との対立を深めた。
3. 清朝の改革と革命派
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)
義和団戦争のあと、清はようやく本格的な改革(光緒新政)に乗り出しましたが、同じころ清朝打倒をめざす革命派もまとまっていきました。
1905 年、清が廃止した、1300 年以上続いた官吏登用の制度は?
科挙
光緒新政の一環。清は 1908 年に憲法大綱を発表し、国会の開設も約束した。
1905 年、孫文らが東京で結成した革命団体は?
中国同盟会
孫文がハワイでつくった興中会などが合流した。日露戦争での日本の勝利が、留学生の革命運動を勢いづけた。
孫文が唱えた三民主義の 3 つの柱は?
民族・民権・民生
民族は満洲人の清朝の打倒、民権は共和国の樹立、民生は土地所有の平等化(地権の平均)を意味した。
4. 辛亥革命と中華民国
根拠: 学習指導要領 世界史探究-D-(3)-ア-(ア)
清が外国からの借款で建設するために民間の幹線鉄道を国有化すると、四川などで反対運動が起き、これが革命の引き金になりました。
1911 年 10 月、辛亥革命の始まりとなった軍隊の蜂起は?
武昌蜂起
革命派の影響を受けた新軍が蜂起し、多くの省が清からの独立を宣言した。
1912 年 1 月、南京で成立した国と、その臨時大総統は?
中華民国、孫文
アジアで最初の共和国とよくいわれる(ただし 1899 年にはフィリピンで共和国の樹立が宣言されている)。
清の最後の皇帝と、その退位と引きかえに臨時大総統の地位を得た人物は?
宣統帝(溥儀)、袁世凱
1912 年に宣統帝が退位して清は滅んだ。袁世凱は北京で独裁を強め、のちに皇帝になろうとして失敗し、1916 年に死ぬ。その後の中国は各地の軍閥が争う状態になった。