文体の変化
このノートの問いがそのまま復習カードになり、忘れかけたころに出題されます。
0. どういうまとまりか
日本語の書き言葉は、漢文から出発し、仮名の和文が生まれ、二つが混ざって和漢混交文になり、
明治に話し言葉に近づけた言文一致体へと移ってきました。古文の問題文がどの文体かで、語の選び方や読みやすさが変わります。
| 文体 | どんな文か | 代表 |
|---|---|---|
| 漢文(変体漢文) | 漢字だけで書く。日本語の語順や敬語を交えたものが変体漢文 | 日本書紀(正式な漢文)、古事記(変体漢文)、貴族の男性の日記 |
| 和文 | 平仮名で書き、和語が中心 | 源氏物語・枕草子・蜻蛉日記 |
| 漢文訓読文 | 漢文を訓読した調子の文。漢語が多く、きびきびしている | 漢籍や仏典の訓読 |
| 和漢混交文 | 和文と漢文訓読文が混ざり、漢語・仏教語・擬声語も入る | 今昔物語集(先がけ)、方丈記、平家物語 |
| 候文 | 文末に「候(さうらふ)」を使う | 中世から明治までの手紙・公文書 |
| 言文一致体 | 話し言葉に近い言葉で書く | 二葉亭四迷『浮雲』、山田美妙 |
分かれ目は次の 3 つ。
- 和文は平仮名・和語、漢文訓読文は漢語・訓読の言い回し。同じ意味でも、和文は「やうなり」、訓読文は「ごとし」を使う。
- 和漢混交文は中世(鎌倉時代)に完成し、平家物語と方丈記が代表。
- 言文一致体は明治の文体。文末を「だ」「です」「である」のどれにするかで作家ごとに工夫があった。
1. 漢文と和文
根拠: 学習指導要領 言語文化-(2)-オ
仮名が生まれる前、日本人は漢字だけで文章を書きました。正式な文書は漢文で書き、日本語の語順や敬語を混ぜた漢文(変体漢文)も使いました。
平安時代になると、平仮名で日本語をそのまま書く和文が生まれ、宮廷の女性たちが物語や日記で磨き上げました。
漢字だけで書かれているが、日本語の語順や敬語などを交えて、正式な漢文から崩れた文体を何というか? 上代の代表作は?
変体漢文(和化漢文)。代表は古事記。
同じ時代の日本書紀は、中国の書き方どおりの正式な漢文で書かれている。
平安時代に、平仮名を用いて和語を中心に書かれた文体を何というか? 代表作は?
和文。代表は源氏物語・枕草子などの物語や日記・随筆。
漢語が少なく、やわらかく細やかな心情を書くのに向く。
平安時代の貴族の男性は、公の記録や自分の日記を何で書いたか?
漢文(変体漢文)
公の文章は漢文で書くものとされていた。だから紀貫之は女性のふりをして土佐日記を仮名で書いた。
2. 漢文訓読文と和漢混交文
根拠: 学習指導要領 言語文化-(2)-オ
漢文を日本語の語順で読み下した調子の文を漢文訓読文といいます。漢語が多く、「いはく」「ごとし」「しむ」など訓読に特有の言い回しを使います。
平安の終わりから鎌倉時代にかけて、この漢文訓読文と和文が混ざり合って和漢混交文ができました。
漢文を訓読した調子で書かれ、漢語や「いはく」「ごとし」「しむ」などの言い回しを多く使う文体を何というか?
漢文訓読文(漢文訓読体)
漢字と片仮名で書かれることが多い。和文とは使う語が違う。
「〜のようだ」という比況を、和文ではふつう何で表し、漢文訓読文では何で表すか?
和文はやうなり、漢文訓読文はごとし。
同じ意味でも、文体によって選ぶ語が違う。
和文と漢文訓読文が混ざり合い、漢語・仏教語・擬声語なども取り入れた文体を何というか?
和漢混交文
やわらかな和文と、力強い漢文訓読文の両方の良さを持つ。
和漢混交文で書かれた中世の代表的な作品を 2 つ挙げると?
平家物語と方丈記
平安後期の今昔物語集が、和漢混交文の先がけとされる。
平家物語では、漢語や仏教語(諸行無常・盛者必衰)と和語の語りが混ざり、対句や擬声語で調子よく戦いが語られます。
3. 候文
根拠: 学習指導要領 言語文化-(2)-オ
中世から近世にかけて、手紙や公の文書は、文末に丁寧語「候(さうらふ)」を使う候文で書かれました。明治以降も、手紙ではしばらく使われます。
文末に「候(さうらふ)」を用いて丁寧さを表す、手紙や公文書に使われた文体を何というか?
候文(そうろうぶん)
(例)「無事に着き候。」「御礼申し上げ候。」 中世から明治まで長く使われた。
4. 言文一致体
根拠: 学習指導要領 言語文化-(2)-オ
江戸時代まで、書き言葉(文語)と話し言葉(口語)は大きく離れていました。
明治時代に、話し言葉に近い言葉で文章を書こうとする言文一致運動が起こり、今の私たちが書く文体の土台ができました。
話し言葉と書き言葉を近づけ、話し言葉に近い言葉で文章を書く文体を何というか? いつの時代に広まったか?
言文一致体。明治時代に言文一致運動によって広まった。
それまでの文語文に代わり、今の口語文の土台になった。
言文一致体で書かれた最初期の小説『浮雲』の作者は? 文末に何を使ったか?
二葉亭四迷。文末に「だ」を使った(だ調)。
同じころ、山田美妙は「です」を使った(です調)。尾崎紅葉は「である」を使った。
大日本帝国憲法と日本国憲法の文体の違いは?
大日本帝国憲法は漢字と片仮名の文語文、日本国憲法は漢字と平仮名の口語文。
法律や公用文も、戦後に口語体へ切り替わった。